載籍浩瀚

積んで詰む

谷川流『涼宮ハルヒの直観』(あるいはミステリブックガイド)

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 待望の新刊である。マジで驚愕から何年経ったんだよという感じだが、九年半くらいしか経ってなかったらしい。(でもAnotherより中断期間長いと思うとやっぱ長いな)

 谷川流の名前自体は、所々で目にしていたので生存確認は取れていたのだが、ようやく新刊が出た、しかも実質長編レベルで、ということでファンとしては躍り上がるばかりである。ましてやその新刊がミステリに溢れているとなれば、快哉を叫ぶ他ないだろう。

 本書に収録されているは三つ、画集や雑誌に掲載されていた「あてずっぽナンバーズ」、「七不思議オーバータイム」に書き下ろしの「鶴屋さんの挑戦」を加えた形で発刊された。(「あてずっぽ〜」はともかく「七不思議〜」が出たのはつい最近な気がしていたのだけど、初出のところを見ると二年も前らしくビビり散らかした)

 本書の感想についてはめっちゃ面白かった!くらいしかないのだが(本当は後期クイーン問題に関する云々とかメタ性によるどうこうとかミステリにまつわるあれこれの部分で拗らせた気持ちが疼いている)折角谷川流御大がここまでミステリを布教してくれたので、一ミステリ好きとして何作か布教しておきたいと思う。雑文だけど許して。(非ミステリ読者向けなので怖いミステリオタクはブラバしてください)

 

鶴屋さんの挑戦」に出てくるミステリ

 まずひとつだけ、ミステリ好きとして言っておきたいことがある。それは「鶴屋さんの挑戦」が始まってすぐに出てくる鉤括弧についてはネット等で検索しないほうがいいということだ。「レッドヘリング」や「バールストンギャンビット」については「密室」や「アリバイ」と同じくミステリ用語でしかないので調べても大したネタバレは喰らわないが、「Yのマンドリン」や「アクロイドのアレ」については今ネタを知らないのならそれは幸福なことなので絶対に調べずにいてほしい。

 古泉が何を言っているかどうしても気になるという方は、是非エラリー・クイーン『Yの悲劇』アガサ・クリスティアクロイド殺しを読んでいただきたい。

 これを読むにあたって些か面倒なのは、海外小説であるということから邦訳に多くの種類があるということである。『アクロイド殺し』については(というかクリスティについては)、本屋に行って早川書房の棚を見ると、気持ち悪いくらい真っ赤になっているゾーンがあるはずなのでそこから取ってくれば済むが、クイーンについてはそうはいかない。

 今本屋で買えるクイーンには大別して創元版と角川版の二種類がある。詳しいことは調べたら分かるのでググってくれという感じだが、とりあえずそのどちらかを手に取っていれば国内小説と変わらないくらいの感覚で読めると思う(それくらいに翻訳が良い)。

 ただ注意なのが今回作中で紹介された中で、角川版では新訳が全て揃っているが、創元版では『Yの悲劇』以降の「レーン四部作」と『シャム双子の謎』含む後半の国名シリーズの新訳が出ていない。なので新訳を読み進めたいという方は角川版を取ることをおすすめする。(旧訳には旧訳の良さがあるのは間違い無いがそれを言い出すと早川版がどうとかキリがないので海外小説を読み慣れてない人は純粋に読みやすい新訳を手に取るといいと思う)

 まあ前座はこれくらいにして(既にオタク語りしている気もしないこともないが)古泉とかTとか長門とかが色々ミステリ談義をしていたのだがじゃあ結局何を読めばええんやという方もいると思うので簡単にオススメをしていく。

 

エラリー・クイーン

 まずは上で出たクイーンから。話題になったのは『Xの悲劇』『Yの悲劇』と各々オススメで古泉が『シャム双子の謎』、Tが『エジプト十字架の謎』、そして長門ギリシャ棺の謎』の五冊。

 ハルヒファンにオススメするなら断然『ギリシャ棺』である。そもそもとしてめちゃくちゃ面白い上に、「長門有希の100冊」のトップバッターなのだ。またシリーズ四作目ながら、時系列的には一番最初の事件という点でも手に取りやすいと思う。是非手に取ってみてほしい。(ギリシャ棺に関しては創元版も新訳が出たはずなのでどっちでも良いと思う)

 

アントニー・バークリー

 お次はバークリー。これに関してはマジで聞いたことねえよという読者もいたと思う。とはいえ作中であんなに語られていたように、ミステリマニアの中では結構著名な作者なのだ。そしてこの作者を勧めるなら一つ。三人も満場一致だったように『毒入りチョコレート事件』一択だと思われる。面白さはもちろん、単純に他が手に入りにくい(『ジャンピング・ジェニイ』と『第二の銃声』くらいしか本屋で手に入らないし僕も恥ずかしながら全部は読めていない)のでこれを読んでくれ。『毒チョコ』については米澤穂信古典部シリーズの『愚者のエンドロール』のオマージュ元でもある。合わせて読んでほしい。ちなみにバークリーで100冊に入っているのは『最上階の殺人』だけどこれを読むんだったらまずは『毒チョコ』で慣らした方がいい気がする。

 

ジョン・ディクスン・カー

 作中で出てきたのは殿堂入りとされた『三つの棺』『ユダの窓』『プレーグ・コートの殺人』。そしてオススメ枠がTの『皇帝のかぎ煙草入れ』に古泉の『火刑法廷』、そして長門『緑のカプセルの謎』

 100冊に入っているのは『三つの棺』で名作なのは分かるのだが、どうしても古さ分かりにくさは感じてしまうし、密室講義なんてされても非ミステリ読者が嬉しいのかは怪しいしということでオススメは『ユダの窓』、『皇帝の〜』に『火刑法廷』。全部創元推理文庫か早川文庫で読める。いい時代。

 

国内ミステリ

 最後に国内ミステリだが氷川透とか石崎幸二とか出てきてびっくりした。ライトノベルで見るとは思わなかった名前である。どちらも絶版なので簡単にオススメできない。まあ勧めるなら『江神二郎の洞察』(「除夜を歩く」)が含まれる有栖川有栖の「学生アリスシリーズ」で『月光ゲーム』→『孤島パズル』→『双頭の悪魔』だろう。後期クイーン問題に興味がある人は作中に出てきた法月綸太郎か出てきてないけど麻耶雄嵩を読めばいい。法月綸太郎だったら『名探偵傑作短編集 法月綸太郎篇』だし麻耶雄嵩だったら『翼ある闇』を読むといい。特に後者はハマると沼。

 この三人も100冊に一人一冊ずつ入っていて有栖川有栖は先に挙げた『双頭の悪魔』(本当に傑作なのだ)、法月綸太郎『誰彼』(近々新装版が出るらしい)、そして麻耶雄嵩『夏と冬の奏名曲』(超面白いけど絶版なため手に入りにくい)という感じ。

 蛇足かもしれないが後書きに書かれている陳浩基の『13・67』も上にあげている古典ミステリに負けず劣らずの名作である。最近文庫化していた。