載籍浩瀚

積んで詰む

『紙魚の手帖 vol.1』2021年10月号 

 『ミステリーズ!』が終わり、新たに総合文芸誌として刊行された『紙魚の手帖』。その創刊に立ち会えたので、折角ならと、レビューの練習もかねて読書記録を残すことにします。

 

紙魚の手帖 vol.1』

紙魚の手帖Vol.01


収録内容

 

特集:

第31回鮎川哲也賞、第18回ミステリーズ!新人賞総評&第21回本格ミステリ大賞全選評

創作:(◎:必読、○:おすすめ)

○「三人書房」柳川一(ミステリ)
○「ゼロ」加納朋子(ミステリ)
「スフレとタジン」近藤史恵/<ビストロ・パ・マル>(ミステリ)
○「白が揺れた」櫻田智也/<魞沢泉>(ミステリ)
「魚泥棒はだれだ?」ピーター・トレメイン/<修道女フィデルマ>(ミステリ)
「108の妻」石川宗生(文芸・SF)
「セリアス」乾石智子/<オーリエラントの魔道師>(ファンタジー
「フォトジェニック」秋永真琴(文芸)

その他:

期待の新人インタビュー:千田理緒、大島清昭

 

ネタバレなし感想

「三人書房」柳川一

 第十八回ミステリーズ!新人賞受賞作。平井太郎江戸川乱歩として世に出る前、古本屋を営んでいたときに舞い込んだ謎にまつわる話です。いわゆる「日常の謎」の一種であり、仕掛け自体は先行作があるものの、その扱い方がかなり巧みだったと思います。ミステリとしての仕掛けを越えて、短編そのものの仕掛けになっていたのが見事でした。文体や登場人物たちのセリフが当時の雰囲気を醸し出しており、小説としても高いレベルでまとまっていたのではないでしょうか。ミステリ専門誌としての「ミステリーズ!」から、総合文芸誌である「紙魚の手帖」へと移り変わっていく象徴のような短編だといえるかもしれません。

 

「ゼロ」加納朋子

 人とのコミュニケーションに不安を抱え、その寂しさを埋めるために愛犬ゼロを飼い始めた大学生の玲奈。ゼロとの朗らかな交流の裏で、彼女に怪しい影が忍び寄り……。あるイベントを通じて玲奈が最初から持っていたかけがえのないものに気づく、というありきたりなプロットではあるものの、まずは玲奈とゼロのあたたかな交流が丁寧に描かれていることによって、最後までぐいぐい読ませられる短編になっていたと思います。ですがやはり特筆すべきは、ゼロと玲奈の視点が交互に書かれることによって炸裂した仕掛けでしょう。途中ちりばめられた伏線が、仕掛けが明かされたときに一気に収斂していく感じは間違いなく上質なミステリのそれであり、『ななつのこ』以来「日常の謎」の第一線を走り続けた作者の筆力を感じさせられました。終わり方もやさしさに充ち溢れた大団円で、さわやかな読後感が印象的です。

 

「白が揺れた」櫻田智也

 日本推理作家協会賞本格ミステリ大賞も受賞した<魞沢泉>シリーズの最新作。今回も今回とて質の高い作品でした。この安定感は泡坂妻夫の<亜愛一郎>シリーズのそれに匹敵するといっていいでしょう。この<亜愛一郎>シリーズと本シリーズは、亜愛一郎と魞沢泉の造形もさることながら推理に使われるポイントが非常に似通っており、人情味あふれる推理短編に仕上がっています。そんな最新作は、山狩りの最中に起きた銃殺事件。誰が犯人であってもおかしくない状況で、魞沢泉の推理が光ります。

 

「魚泥棒はだれだ?」ピーター・トレメイン

<修道女フィデルマ>シリーズからの短編。どうやら春に最新短編集『修道女フィデルマの采配』も刊行されるようです。さて、まずフィデルマのもとに舞い込んだのは厨房から消えた魚の謎でした。そこに立ち入ることのできた者は誰にも盗む機会がなかったのです。そこでとりあえず様子を見ようとフィデルマが厨房に向かったところ、なんと貯蔵室の戸の中から刺殺死体が見つかりました。ということで、フィデルマは「魚泥棒の謎」と「殺人の謎」の二つの謎に挑むことになります。正直それぞれの真相自体は、いまさらあっと驚くものではありません。しかしそこに至るまでの過程と、なにより二つの謎のつながりが魅力的です。

 

「108の妻」石川宗生

 タイトル通り108人(実際はその半分くらい)の妻が描かれます。『ホテル・アルカディア』の<愛のアトラス>のどこかに挿入されてもおかしくないような掌編です。妻が「点描の妻」や「強打者の妻」、「メタフィジカルな妻」など色々な姿を見せるのですが、それこそ『ホテル・アルカディア』と同じく彼のユーモアセンスに合うかどうかで評価は分かれてきそうです。個人的には石川宗生はかなり好きなので、今回も楽しく読めました。ただ理解は正直できていないですが……。

 

「フォトジェニック」秋永真琴

「#ファインダー越しの私の世界」を掌編化したらこうなるでしょうし、そもそもこのタグの究極系はこういう作品なのだと思います。写真を撮ることが好きな後輩とのすれ違いや、後輩に対してかけた言葉が最後に自分に返ってきたあとの喪失感などの”エモさ”を丹念に描いている作品です。本作になにか思うことがあったなら、ぜひ同じ東京創元社から出ている『Genesis 一万年の午後』に収録されている「ブラッド・ナイト・ノワール」にも目を通してほしいです。こちらは吸血鬼のギャングと人間界の王女のボーイ・ミーツ・ガールで、種族間を超えた出会いと冒険が描かれています。

 

ネタバレあり感想

※がっつりミステリとしての仕掛けやオチを割っています。

 

「三人書房」柳川一

 なんといっても、江戸川乱歩が登場するというのが効いています。この仕掛け自体は、「謎を作ることで興味をそらす」*1ことの変奏だといえると思いますが、その仕掛けを作ったのが若き日の乱歩だと言われてしまうと納得感がありませんか。実際にその謎自体の完成度も高いものでした。葉子に手紙の存在を信じてもらわないといけない=暗号が解けそうで解けない現実味のあるラインをせめなければならないと要請されている中でのあの暗号も絶妙です。視点人物である井上=読者を葉子と同じ立場に立たせることによって、葉子が騙されたことに納得感を持たせることもできていました。さらに、最後まで隠されていた井上が上京してきた理由が、そもそも謎を作らなければならなかった理由と対比されて明かされた構成もばっちり決まっています。さて、この短編で最初に提示された謎は「謎に出会った乱歩が何故小説にしなかったのか」でしたが、これも最後まで読めば理由は明らかでしょう。この高い構成力には目をみはるばかりで、次作にも期待が持てます。

 

「ゼロ」加納朋子

 単純なトリックながら、最大限にその効力を発揮させており、加納朋子の本領を見せつけられました。ゼロと玲奈の視点が交互に入れ替わること、途中途中なにかおかしさを感じることで、なにかしらの叙述トリックが仕掛けられているのだろうなということ自体は察することができると思います。しかし、ドラマの一番盛り上がり部分でそれが開示されたことにより、なぜ猫ではなく犬だったのかや玲奈が犬を飼いたかった理由などまで説明され、成長小説としてより厚みを増したのではないでしょうか。

 

「白が揺れた」櫻田智也

 事件が発覚する前から犯人のことを気にかけていた、というオチが魞沢泉の魅力を表しているようでかなり気に入っています。串呂がハンターとしての矜持を持っていることを理解しているからこそ導かれる推理というのが、魞沢泉のおとぼけさの中にある無邪気さを示しているようで、ユーモラスな読後感につながっているのでしょう。また、「人を殺した銃弾が撃ち込まれた鹿を食べたくない。だからルーティンワークである血抜きを怠った」という、人として納得のいく感情が含まれた手がかりの丁寧さにひかれます。こういうあるあるや共感のできる部分を推理の要にする手法は泡坂妻夫がよくとる手法ですが、その正統な後継者であることを感じさせる一作でした。一方で、視点人物を犯人にするというところでのフェアプレイ性は気になるところです。そこに対してのケアはほとんどなかったと思います。しかしその視点人物=犯人が犯行現場に違和を感じることで、串呂を容疑者枠からどちらかというと読者枠へと移行させた上での意外性がありました。犯行現場に違和感を覚えた理由自体もロジカルに説明されており、フェアネスは欠けてあるものの、そこを欠点と感じさせない作品に仕上がっています。……そもそもフェアプレイにこだわる必要のない作品なので何の問題もないとは思いますが。

 

「魚泥棒はだれだ?」ピーター・トレメイン

 よく読んでみれば、確かに「マンホーンはまっさらな前掛けを法衣の上に巻いていたが~」とあり、しっかりと登場時点で仕込みが完了していることが分かります。ただ肝はそこではなく、マンホーンが犯人だとわかることによって厨房の状況が分かり、だからこそ魚泥棒の真犯人(?)である猫がどうどうと立ち入ることができたとつながっていくところでしょう。

*1:選考委員も務めている米澤穂信も女郎蜘蛛の会なんていって、<古典部>シリーズの中で使っていました。