載籍浩瀚

積んで詰む

『紙魚の手帖 vol.2』2021年12月号

 一体いつの『紙魚の手帖』だ? と自分でもなってますが、とりあえずこういうのは続けるのが大事なので、投稿します。エタらないことこそが命!

紙魚の手帖 vol.2』

紙魚の手帖Vol.02


収録内容

 

創作:(◎:必読、○:おすすめ)

○「羅馬ジェラートの謎」米澤穂信/<小市民>(ミステリ)
「百円玉」村嶋祝人(ミステリ)
○「沈黙のねうち」S・チュウイー・ルウ(SF)
「431秒後の殺人」床品美帆(ミステリ)
「天地揺らぐ」戸田義長(時代・ミステリ)
○「無常商店街」酉島伝法(SF)
○「曼珠沙華忌」弥生小夜子(ミステリ)
「新世界」パトリック・ネス/<混沌の叫び>(SF)

○「ウィッチクラフト≠マレフィキウム」空木春宵(SF)

「さいはての実るころ」 川野芽生(ファンタジー

「一等星かく輝けり」倉知淳/<乙姫警部>(ミステリ)

 

エッセイ:

「乱視読者の読んだり見たり」若島正

「ホームズ書録」北原尚彦

 

その他:

期待の新人インタビュー:犬飼ねこそぎ、新名智

 

ネタバレなし感想

「羅馬ジェラートの謎」米澤穂信

 年末ミステリランキング完全制覇に加え、山田風太郎賞直木賞までも獲得した米澤穂信の代表シリーズのひとつ、<小市民>シリーズの最新作。小佐内さんと小鳩くんが今回食べるスイーツは、ジェラートです。ショッピングモールのジェラート屋で見かけたのは、ずっと座り続けているのにジェラート自体に手をつけない男の人。些細な謎をわずかな手がかりから想像し推理していく小鳩くんですが、その謎の解明から新たな謎を見出し、さらにもう一つのありうべき真相が語られます。何重にも物語のレイヤーがあり、その底知れなさを感じさせる技術は、さすがの一言です。

 

「百円玉」村嶋祝人

 第18回ミステリーズ!新人賞優秀賞作。ハウスクリーニングのバイトとして、地元の団地に戻ってきた圭介。彼が掃除を進めていくたびに、十三年前の団地で起きた事件の記憶が蘇っていく。部屋に染みついた黒い手形や足跡が、圭介になにかを訴えかけているようで……。ミステリとして見ると、正直ちぐはぐさが否めませんでした。まず謎がぼんやりしているため、解決がされてもすっきりしないのです。一方でハウスクリーニングバイトの描写が、とにかく素晴らしい。読んでいてこの仕事のつらさや、めんどくささなどがいやというほど伝わってきており、彼らの心情や場の雰囲気をそのまま感じることができました。そちらがミステリ部分の瑕疵を補った形になっていると思います。デビュー作として、作者の持つ筆力を見せつけた作品でした。

 

「沈黙のねうち」S・チュウイー・ルウ

 言語能力を買い取ることのできる世界で、シングルマザーの「あなた」が、娘のリリアンの将来のために母語を天秤にかける話です。触れ込みから勝手に、昨今流行りのジェンダーSFだと思っていましたが、実態はそうではありませんでした(そう読み取れる部分もありますが)。これは例えば三秋縋の『三日間の幸福』のような、命と引き換えに何かを得ることで発生するドラマに類するものでしょう。SFとしてジャンル分けするのならば、言語SFにあたると思います。翻訳の仕方もかなり工夫されていますし、年刊傑作選に取られるような仕上がりです。個人的にはオチが弱いなと感じてしまいましたが、これはこれで余韻の残す終わり方とも言えるでしょう。

 

「431秒後の殺人」床品美帆

 死亡事故を他殺と断定できるような証拠を探すという、<回想の殺人>モノの一つです。一度事故と警察に断定されたものを、どう他殺だとひっくり返すかが焦点となるため、どんな離れ業が披露されるのかという、物語のフックとなる謎自体の出来は良かったと思います。一方で、解決の必然性が乏しいことは否めません。ここらへんは好みの問題かもしれませんが、解決編において、どれだけ偶然を偶然と片付けてしまっていいのかのライン際にある作品だと思います。単行本も出るみたいなので、とりあえずはそちらを期待といった感じです。

 

「無常商店街」酉島伝法

 翻訳家の主人公は、「近づかないで」と再三言われていた商店街に、ひょんなことから近づいてしまう。商店街に飲み込まれたが最後、自身がどこにいるのか、そもそも何者なのかも分からなくなってしまい……。
 酉島伝法の作品で、たまに味わえるポップな酩酊感を覚えることのできる作品です。今どこにいるのかも、どこへ向かうのかもわからない、その分からなさが小説として描かれているから、余計彷徨ってしまう、そんな居心地の悪さに満ちた良作だったと思います。

 

曼珠沙華忌」弥生小夜子

 浮世離れした、美貌の双子にまつわる殺人が、幾多の語り手によって耽美に物語られる見事な一作です。双子だけにしか通じ合うことのない極まった関係と、そんな彼らに対して誰かが嫉妬心や羨望を向けてしまった結果、起こってしまった異常な殺人事件の構図が素晴らしい。気が早いですが、単行本にまとまって、色んな人に読んでもらいたい一作です。

 

ウィッチクラフト≠マレフィキウム」空木春宵

『感応グラン=ギニョル』の作者、空木春宵の新作短編です。現代版魔女狩りをテーマに、気づけばすごいところまで読者を連れていってくれます。VRやARなどが普及しきった未来図を描いており、「感応グラン=ギニョル」や「Rampo Sicks」の大正浪漫やサイバーパンクさというよりも「地獄を縫い取る」の世界観に近いです。個人的に『感応グラン=ギニョル』の中では「地獄を縫い取る」が一番好きなので、この作品は最高に楽しめました。本当に勝手な所感ですが、魔女のVR世界と<魔女達の魔女>の関係が、ミサカネットワークとミサカ総体の関係に見えたのは、ただの妄想でしょうか……。

 

ネタバレあり感想

※がっつりミステリとしての仕掛けやオチを割っています。

 

「羅馬ジェラートの謎」米澤穂信

 クレーンが電線に引っかかったことをあからさまに書いていたり、小佐内さんが美味しいという言葉を避けていることがほとんど隠さずに書かれていたため、ジェラートが溶けていて不満に思っているという第一の推理は、ある程度予想がつきます。また溶けないジェラート、というところから食品サンプリングの社員が来ているという第二の推理も、(ここは少しセコいなと思ってしまったところですが)十分予想できる範囲です。ただしそこは米澤穂信ですから、もちろんこれだけでは終わらせません。ジェラートを前にして待っている男のその目的を想像したとき、ここまでに披露された二つの推理ががっちりと組み合って、物語の背景をがらっと一変させています。少しぞくっとするような、<小市民>シリーズらしいオチです。