載籍浩瀚

積んで詰む

伏線か物語か/梶龍雄『龍神池の小さな死体』

「トクマの特選!」というレーベルがある。絶版になっていて手に入りにくい名作昭和ミステリを、現代風に復刊している非常に優秀な文庫レーベルなのだが、そこが今回梶龍雄の『龍神池の小さな死体』を復刊させた。ミステリマニアの中では、傑作なのにも関わらず復刊される気配もなく古書価だけが高騰していった珍本のような扱いをされていた本書だったが、目でたく容易に手に入るようになったので、早速読んでみた。

 

梶龍雄『龍神池の小さな死体』

「お前の弟は殺されたのだよ」死期迫る母の告白を受け、疎開先で亡くなった弟の死の真相を追い大学教授・仲城智一は千葉の寒村・山蔵を訪ねる。村一番の旧家妙見家の裏、弟の亡くなった龍神池に赤い槍で突かれた惨殺体が浮かぶ。龍神の呪いか? 座敷牢に封じられた狂人の霊の仕業か?(表4あらすじから抜粋)

 

 

 上のあらすじの続きでは、なんと「パーフェクトミステリ」と銘打たれている本作だが、たしかにその肩書きに恥じない作品ではあると思う。最終章の伏線回収と論理の展開の仕方は見事だし、文庫にして83ページもの紙面を割いた解決編は、なるほどミステリの面白さの根源を思い起こさせてくれるようなものになっている。

 最近巷で「伏線」が話題になった。ミステリにおける「良い」伏線というのにはいくつか種類があると思うが、この『龍神池』は良い伏線が散りばめられていながらも、あまり例をみない伏線の置かれかたをしている。というのも、第五章が全て解決編に当てられている本作では、それ以前の四章の内に散りばめられた「伏線」を回収するところから始まるのだが、この散りばめられ方が天性の物だとしか思えないのだ。印象に残るようにあからさまに書かれているわけでもなければ、二重に手を替え品を替え情報を出すことで、深層心理に残るように配置されてるわけでもなさそうだ。なのにも関わらず、解決編で回収するときに、その伏線を我々読者は失念することがない。これはおそらくカジタツの感覚によるものなのだろう。

 以上のように丹念に伏線にこだわった本作だが、以下の「あとがき」を見れば分かるように、やはり作者も本格ミステリであることを志向しているらしい。

【特別公開!】「あとがき(に代えた架空対談)」/『梶龍雄 驚愕ミステリ大発掘コレクション1 龍神池の小さな死体』|トク魔くん(トクマの特選!)|note

そこで本作を「本格推理小説」としてみると、やはり第四章のラストで美緒が放った言葉は印象に残る。

推理小説でいえば、ここで犯人を推理するデータはぜんぶ出つくしたというところなのよ」(p.397)

読者への挑戦状としてこの台詞が挿入されているのは、勘の鈍い読者にも明白だ。しかし、いわゆる「読者への挑戦状」とは当然在り方が異なってくる。これはあくまで一登場人物が放っただけであり、メタレベルが一つ上の作者が物語に介入したわけではない。じゃあただ作者がマニア心を満たすためだけに配置したかといえば、それがかえって第五章の解決編で美緒が置かれる立場への示唆になっているようにも取れる。意識的にやってるとすれば舌を巻くが、これは深読みしすぎかもしれない。

 ここまでそれなりに肯定するように感想を書き連ねているが、個人的好みでいうと、実はこの作品は少しだけ外れている。上で引用した「あとがき」で用いられた言葉を使えば、本作はおそらく「サキ型」なのではないか。本格としてプロットを巧妙に作り上げた一方で、ストーリーのちぐはぐさが目に余るのだ。そもそも過去の弟の不審死を探るために始めた探偵行のはずなのに、途中でそれが空気になってしまうのはいかがなものか。*1過去の事件と現在の事件を贅沢に用意したはいいが、ストーリー面では料理しきれていない。過去の弟の死を通じて、先日の母の死を悼み、現在の自分を省みるという、仕立て上げれば一級品になってもおかしくない材料が揃っている中で、第四章の殺意が芽生えるシーンや、自分-弟-母の関係の描写を省いてしまったことなど*2には少しがっかりしてしまった。自分の記憶が正しければ、物語を作り上げることのできる作者であることは間違いないので、もう少しどうにかならなかったのかという悔いが残る。繰り返すが、トリックのために、物語を多少歪めてしまう妥協が見えたような気がするのだ。だからこそこの作品が際立っているのは間違いないのだが、やはり個人的な好みとしては残念な思いがないといえば嘘になる。

 ただし、落とし方は嫌いではない。プロットの要請上、途中途中人間味に欠けるような言動や行動を取った智一の人間味が爆発し、物語世界にキ裂が走り、破局する。最後の最後まで読者を驚かせようとした作者の意気込みが強く感じられるし、実際成功しているだろう。

 

 最後にちらっと布教を。本作を読んで、ドラマパートに物足りなさを感じた人がいれば、ぜひ遠田潤子の『冬雷』を読んでほしい。過去の真実を確かめる探偵行の先に、浮かび上がった自分たちの有様を書いた傑作である。

 

 

 

*1:だからこそそれが再び焦点を当てられたときのサプライズが増すのだという指摘は容易に想定できるが、それにしてもやりようがあっただろうと思う

*2:他にも唐突な研究内容の紹介や、杜撰な美緒との関係などが挙げられる