載籍浩瀚

積んで詰む

ミステリベスト2022

 新刊マラソンの感想です。ランキング候補のレギュレーションは以下の通りになります。

  1. 2021年10月以降、2022年9月までに発売された本であること。
  2. 筆者がミステリだと感じた作品。

 国内総合部門、国内本格ミステリ部門、海外総合部門の三つの部門を用意しました*1。当然これらは完全に筆者の好みによるものです。本格/非本格についても同様です。それぞれ6冊ずつ、ランキング形式で選んでいます。

 

国内総合部門

  1. 佐藤究『爆発物処理班の遭遇したスピン』
  2. 加納朋子『空をこえて七星のかなた』
  3. 乗代雄介『皆のあらばしり
  4. 奥田英朗『リバー』
  5. 有栖川有栖『捜査線上の夕映え』
  6. 芦沢央『夜の道標』
  • 先に言っておくと、『同志少女よ、敵を撃て』と『地図と拳』は外してあります。理由は単純で、自分のなかで決めていたランキングの趣旨がぶれると思ったからです。
  • なんとなく豊作の年だと思っていたのですが、振り返ってみると、意外とオールタイムベスト級の作品は登場しなかった一年だったように思います。もっといえば、長編の大当たりが少なかった年でした。実際一位と二位に選んだ作品はどちらも短編集です。
  • 『爆破物処理班の遭遇したスピン』は著者の強みがよく活かされた独立短編集でした。SF的なギミックも光る表題作、『テスカトリポカ』を思い起こさせるようなノワールやハードボイルドものもあれば、バイオエンジニアリングをモチーフにした奇怪な短編など、幅広く技巧的な作品が揃っています。ミステリファンだけでなく、小説が好きだという方におすすめの一作です。
  • 『空をこえて七星のかなた』もまた、加納先生らしい温かな世界観でいて鋭く人物を描いていく作品でした。連作小説として、それまでの違和が最後の短編で収斂し、すっと心に響いてきます。
  • 芥川賞の候補にまでなった『皆のあらばしりですが、これがミステリ小説における語りを抉り出すような作品で、今年の思わぬ収穫でした。高田大介や北村薫を彷彿とさせるビブリオミステリのような面白さはもちろん、読んだあとに、ミステリのあの騙しの仕掛けがどういう構造をとっているのか、少し考えさせられるような作品です。
  • 今年度の警察小説の本命は間違いなく『リバー』でしょう。圧倒的なディテールで警察小説の面白さのさまざまな側面を、「執着心」という感情を通してまとめあげた力作です。組織としての警察、民間人と関わる団体としての警察、被害者家族と警察、逃してしまった事件と警察、警察を辞めたあとの警察官、ここらに新米記者や狂気をまとった筆頭容疑者が絡み、緊迫感のある引き締まった作品になっていました。
  • 物語のなかで、ふとした情景が描かれて、それがなぜか胸に残ったという読書体験が、ごくまれにあります。それが今年は『捜査線上の夕映え』でした。この作品、有栖川有栖の書く本格ミステリとしてみると、お世辞にも評価はできません。ロジックもそこまでありませんし、トリックも正直いって鈍いです。しかし火村とアリスによる捜査小説として見ると美しくまとまっている。いつもロジカルに事件を紐解いていく火村たちが、事件に接した際に抱いた割り切れなさを乗り越えようとしたからこそ、あの夕焼けを描けたのでしょう。また昨今のコロナ禍で、どうにも物語ですら狭く縮こまっていた印象なので、久しぶりに悠々とした味わいがあったのも良かったです。
  • 最後の一作は迷ったのですが、滑り込みで読んだ『夜の道標』を選びました。ミステリとしてのインパクトというよりも、エピローグの描かれかたが好きだったからです。どん詰まりになったときに読むと、少しだけ救われるかもしれません。
  • ということで以上六冊です。ほかに面白かった作品を挙げるとすれば、一気読みさせる『爆弾』『俺ではない炎上』、世界観とミステリが上手く融合している『あれは子どものための歌』『やっと訪れた春に』、ただただ好みな『予感(ある日、どこかのだれかから電話が)などでしょうか。

 

 

国内本格ミステリ部門

  1. 白井智之『名探偵のいけにえ』
  2. 北山猛邦『月灯館殺人事件』
  3. 阿津川辰海『入れ子細工の夜』
  4. 笛吹太郎『コージーボーイズと消えた居酒屋の謎』
  5. 山沢晴雄『ダミー・プロット』
  6. 東川篤哉『仕掛島』
  • 今年の本格のなかで『名探偵のいけにえ』は、頭ひとつ抜けていました。二転三転する面白さが「多重解決」の企みとの合わせ技になっているし、奇跡を裏づけるロジックという試みに成功しているのが素晴らしい。どこまで意図しているのかは分かりませんが、ロジックの瑕疵がひとつのありうべからざる真実を照らしている。新本格ミステリの看板を引っ提げたとしても名前負けしない、企みに満ちた王道を行く名品でした。
  • 逆に新本格の自己批評性を極めた一作が、『月灯館殺人事件』でしょう。この先本格ミステリは、作中の七つの大罪を乗り越えて行ってほしいです。本当に。
  • 気鋭の本格派阿津川辰海による新作入れ子細工の夜』も、また良かったです。表題作ならびに「二〇二一年度入試という題の推理小説」は本格ミステリにおけるどんでん返しに挑んでおり、フェアプレイを貫きつつも解決がひっくり返り、唯一無二の真実に向かっていく様子は見事でした。
  • 今年の個人的な新人賞は笛吹先生による『コージーボーイズと消えた居酒屋の謎』です。黒後家蜘蛛のように、顔見知りの集まりに謎が持ち込まれ、ディスカッションしながら推理を行うという古典的な形式ではありますが、短編の構造が型にはまっている分、謎の不可解さと推理の切れ味を存分に味わうことができる優れた短編集でした。
  • 『ダミー・プロット』は同人誌でしか読めなかった作品の復刊ということもあって、いい意味で時代遅れの本格ミステリとして新刊枠に入ってきた作品です。今や珍しいほどにガチガチのパズラーで、冒頭で「双子トリック」を用いると読者を挑発するようなプロットを用意してきながらも、見事に裏をかかれました。そういうと『殺しの双曲線』を思い出す向きもあると思いますが、それとはまた違い、作者が本格ミステリの不死性を問うために作り上げた作品ともいえるでしょう。
  • 最後の『仕掛島』は偏愛票です。もともと『館島』が好きですし、それと同質のユーモア本格ミステリが読めたのがまずとても嬉しい。そして『館島』といえばド派手な例の仕掛けですが、今回は『仕掛島』ということで、前作に増して、仕掛けかたが派手になっています。ロジカルな、というよりも、「そんなわけないだろ! いやでもすげえ!」と叫んでしまうような一作ですが、とはいえ今年度のなかで一番自由な本格ミステリだったと思います。
  • 他に良かった本格ミステリを挙げるとするならば。結城真一郎『救国ゲーム』はドローンを用いた本格ミステリに政治サスペンスが絡んでおり、古典ミステリを新しいガジェットを用いて復興した面白さがありました。偏愛作『夕暮れ密室』の著者による待望の新作『風琴密室』は、著者らしい瑞々しさと苦々しさが合わさった青春小説に著者らしい機械的な密室が描かれています。大山誠一郎の新作『記憶の中の誘拐』『時計屋探偵の冒険』はどちらも平均点の高い作品が並んでいました。

 

 

海外総合部門

  1. ポール・ベンジャミン『スクイズ・プレー』
  2. アレン・エスケンス『過ちの雨が止む』
  3. ホリー・ジャクソン『優等生は探偵に向かない』
  4. タナ・フレンチ『捜索者』
  5. エルヴェ・ル・テリエ『異常〔アノマリー〕』
  6. マイクル・Z・リューイン『父親たちにまつわる疑問』
  • 個人的にATB級の傑作が少なかった国内新刊とは裏腹に、海外の方は大当たりと言っていい年でした。『ザリガニの鳴くところ』、『雲』、『オルガ』、『たとえ天が堕ちようとも』などが並んだ2020年に比肩するか、それ以上の収穫がありました。
  • 大家ポール・オースターの別名義、というよりもオースターがオースターとして登場する以前用いていたペンネームで書いたハードボイルド小説が、今年度一番の新刊小説スクイズ・プレー』です。自分のなかのハードボイルドのイデアに近しい作品といっていいほど、文体に切れ味があり、キャラクターの動きと台詞だけで読んでいて楽しい。それでいて謎と解決も、文学的ではなく、ミステリのそれとして決まっている。陳腐な表現ですが、傑作と言いきれます。
  • そんな『スクイズ・プレー』に負けず劣らずだったのがエスケンスの新作『過ちの雨が止む』です。現役海外作家のなかでは一番の推しの新作は、デビュー作『償いの雪が降る』の続編でいて、邦訳されたなかでは間違いなくベストワーク。過ぎ去った青春のその後を描いているのですが、しかしこれもまた青春ミステリであるところに、成熟することの難しさを感じます。自身のルーツを探求していくなかで、彼らは青春の日々に背を向けることができるのか、読めて良かった一冊です。
  • 青春ミステリの続編といえば、『優等生は探偵に向かない』も忘れてはならないでしょう。前作では本格ミステリとしての高い評価も受けましたが、今作では少女の高校生らしい全能感を砕く挫折と、そこから自我を作り上げようとする青春小説として高く評価できる一作です。前作と今作を合わせてひとつの作品としてみると色々とすっきりするでしょう。来年三部作最後の作品が邦訳されるみたいですが、どんな作品になっているのか、今から楽しみでたまりません。
  • ここからの二作は、いわゆるミステリからは少しズレているかもしれません。タナ・フレンチ『捜索者』はある人物を捜索することそのものが、主人公たちの救いになっていくような小説です。見えぬ真相には納得いかないかもしれないけれど、でも捜査行と、交流のなかで光明が見える。シビアで現実的なんですが、全体を纏うのは優しげな雰囲気、そういう一作です。
  • そして『異常』は、さらにミステリからかけ離れている。どちらかといえばSFのほうがジャンルとしてはふさわしいのかもしれない。本当のところは思弁小説、あるいは実験小説というのがこの小説が位置するところなのでしょう。ウリポ出ですし。面白さを述べるのは難しいのですが、物語の途中で<何か>が起きます。その<何か>を推理/ディスカッションしていく手つきが、ミステリとしてべらぼうに面白いのです。結論というか、最後のページの仕掛けも、個人的には好みです。メタ性が溶け出すことによって、無化していくところが良い。
  • 最後に紹介するのは、<アルバート・サムスン>シリーズ最新作で連作短編集の『父親たちにまつわる疑問』です。自分は社会における死角を照らすような探偵小説がとにかく好きなのですが、この小説はそういう小説です。エイリアンと名乗る依頼人サムスンの元にやってくるのですが、社会から外れたものたちを見つめることで、サムスンは自身のことも見つめ直すことになる。エイリアンに向けた冷徹でいてあたたかな視線は、同じくエイリアンであったサムスン自身の心も溶かすのです。傑作と名高い『沈黙のセールスマン』を読んでから読むと、読後感もひとしおでしょう。そして、仮に『沈黙のセールスマン』が肌に合わなくても、本作まではぜひ読んでいただきたい。短編であることで、切れ味も増していますから。
  • 海外ミステリは他にも薦めたい作品がたくさんあるので、羅列します。『ブラックサマーの殺人』『キュレーターの殺人』はぜひ読んでほしいシリーズのひとつです。『阿片窟の死』も同様。一方シリーズを大伽藍で閉じた『精霊たちの迷宮』はレジェンド級の一冊でした。ジュブナイルからの伏兵『ロンドン・アイの謎』にファンタジーから『ガラスの顔』。そして『われら闇より天を見る』は最後まで気を抜けない、心震える一冊でした。

 

 

 



 

*1:ただし、つまらないので国内総合と国内本ミス部門は被らないように選定しています。