載籍浩瀚

積んで詰む

2022年下半期読書記録

 この時期になると、「師走は忙しい、街は慌ただしい」というキラーフレーズが頭のなかをリフレインする。卒業という明確な境をひとつ控えた年の瀬だからこそ、その慌ただしさは例年に比べより際立っている。とはいえ、なんとかのらりくらりと乗り切れた下半期。2022年の七月から十二月までに読んだ本の記録をかき集める。
 上半期*1と同じく、長編15冊に短編15本を紹介する。列挙される順番は決して優劣によるものではない。

長編

補記
  • 紙面上で起こっていることが正しく理解できなくても感情が揺さぶられることがある。文章の可能性をまたひとつ見せてくれたのが『さようなら、ギャングたち』だ。いまや気高い文学として名を馳せているけれど、あえてこう評してもいいはずだ。これは紛うことなき激エモ小説であると。
  • 一方で、文章、プロット、アイデア、そのすべてで感情を揺さぶってきたのがパワーズ『惑う星』である。それはひどく寂しく、そして冷たい物語であった。だからこそ、もう自分はロビンが戦おうとした場所から目を背けられない。目を逸らしてしまえば、彼の生き様を否定してしまうような気がするから。そしていつか語ることのできる日がくればいいなと思う。この惑星もそんなに悪いところじゃないだろ、ロビンと。
  • 今年一番読み終えるのが大変だったのは、これまたパワーズ『黄金虫変奏曲』だった。物量という点でもだが、その物量がゆえに捉えどころが掴めにくかったのだ。しかしどうにか読み終えられたと思う。あの物量は、日常が螺旋のように進むことを描くためのものではないか。堀江敏幸『その姿の消し方』を読むことでようやく納得することのできた、貴重な読書体験であった。
  • 捉えどころのない、といえば『モレルの発明』もまた、掴みにくい小説であった。その仕掛けは比較的単純であり、ともするとそれが大仕掛けであることからミステリ読みにもおすすめのできる一冊である*2。しかしミステリに増して、その仕掛けにはそれが仕掛けられるだけの小説的意味がある。その意味を了解するのが少し大変であったが、その分また充実した読書であった。
  • 「果ての果て」を追い求める作家・沢木耕太郎による数少ないフィクションのひとつが『波の音が消えるまで』である。丁半博打バカラの必勝法を追い求める主人公の生き様を描く本作でも、究極への渇望がきりきりと著される。
  • 現代恋愛小説の名手であり、もう盟主とまでいっていい存在となった凪良ゆうの新作『汝、星のごとく』もまた素晴らしかった。話題作『流浪の月』よりも主人公たちを追い詰めることで、恋愛小説であることを逆手に恋愛という枠を超えた無二の関係を連発していく。
  • 新作枠でいえば、早瀬耕と米澤穂信の新作は絶対に外せない。個人的にではあるが、いまの書き手のなかでは世界中を探っても五指に入る二人の小説家によるものだ。『十二月の辞書』『栞と毒の季節』も震えながら読み進めていった。下半期を乗り越えられたのはこの二冊のおかげといっても過言ではない。必須ではないが、前者は『プラネタリウムの外側』を後者は『本と鍵の季節』の読後に読むことを強くおすすめする。
  • 下半期に作家読みした作家は数名いたが、再読にとどまらず広く読んだ作家が若竹七海だった。若竹先生は『ぼくのミステリな日常』や<葉村晶>シリーズの前半などで親しんでいたものの、<葉村晶>も途中で止まってしまっていたし、これを機に色々と読んだ。そのなかでの収穫が、まず『クール・キャンデー』である。若竹らしい毒とサプライズは健在のまま、気だるげな夏休みを書いた見事な青春ミステリ。しかも本格ミステリとして出色の出来なのだ。短いながらもごりごり推したい一作。もうひとつは悪運の強いヒロイン葉村晶から『錆びた滑車』を。葉村晶シリーズはどれも読み応えのある名シリーズなのだが、そのなかで一番好きな長編がこの『錆びた滑車』だった。このシリーズもまた下半期のしんどさを支えてくれたと思う。葉村晶よりはマシ! という感じに。
  • 待望の復刊『ふしぎとぼくらはなにをしたらよいかの殺人事件』は、期待通りのすさまじい青春ミステリであった。帯に書かれている「僕、分ったんです。人を探るということは、実は、それと同じ分だけ、自分自身を探るということが必要なんだということに。これが僕の探偵法、だったのです——」という言葉につよく惹かれて購入したところ、なんとこれが奇書顔負けのアンチミステリ小説だったのだ。しかもただアンチミステリなのではない。帯にも書かれた主人公の探偵法を表現するための手法として『虚無への供物』を引いてきており、そして見事に結実している。
  • 上半期の『プロジェクト・ヘイルメアリー』枠。つまりはひたすらエンタメ強度の高く、没頭して読んだのが夢枕獏による神々の山嶺だ。文句なしの臨場感。これもまた「果ての果て」を希求した男たちの物語。読む手が止まらないとはこのことかと、一心不乱ににページを繰った。
  • 奈倉有里による『夕暮れに夜明けの歌を』は東欧文学のガイドブックとしては言わずもがな、ロシアという国への紀行文として、さらにはメタフィクションとしてまで楽しめる見事なセミフィクションだった。こんな時勢だからこそ、世界中のどこにだって、わたしたちと同じく日々を過ごしていたひとたちがいるというあたりまえと向き合いたい。
  • 『名探偵のいけにえ』ならびにスクイズ・プレー』は今年の新刊ミステリ枠。詳しい感想は年度ベストの記事*3を参照してください。
  • 読めて良かった作品はまだまだたくさんある。『優等生は探偵に向かない』『永遠についての証明』『空をこえて七星のかなた』『妖女のねむり』『見えないグリーン』ゼロの焦点』『太陽黒点』『靴に棲む老婆』『SF作家の地球旅行記など、読んで良かった長編は両手にあまるほどだった。

 

 

 

 





短編

補記
  • 下半期短編のツートップはそれから千万回の晩飯」神についての方程式」だ。前者は米澤穂信という作家がどう小説に向き合ってきたのかが窺える私小説にして、山田風太郎にまつわる謎に迫るミステリにまで仕上がっている贅沢な一作。米澤穂信短編傑作選が編まれる暁には絶対に入れたい。後者は絶賛話題沸騰中の小川哲による見事なSF短編だ。カルトと感情と論理の関係をさまざまな角度から表出させている『文藝』への掲載短編のなかでも特に外連に満ちている。こちらも小川哲短編傑作選が編まれる暁には入れてほしい。
  • SF短編といえば、ヴァーリイの傑作選『逆行の夏』が個人的に刺さった。どれも読み終えるたびに興奮が止まらなかったのだが、その中でも「残像」「ブルー・シャンペン」はさらに群を抜いてよかった。まさに傑作だとおもう。
  • ミステリからは「11文字の檻」「神の光」「検察側の証人」「顔」を。前者二つは新作、後者二つは大ベテランによる言わずと知れた名作だ。純粋に面白かった四つを並べてみたが、こう並べると見事に放っている色がばらばらである。それぞれにミステリとしての面白さがあり、それはそのままミステリというジャンルの懐の深さを感じさせる。
  • 講談社文芸文庫から出ている『群像短編名作選1946〜1969』からの収穫が「鎮魂歌」「囚人」「懐中時計」。このアンソロ自体が日本文学の美味しいとこ取りみたいなところがあり、かなり楽しめた。特に「囚人」は怪奇幻想小説が好みなひとにもおすすめだし、「懐中時計」のほうは信じがたいかもしれないが、ギャンブル小説の面白さがある。
  • 綿矢りさをちまちまと読んでいて、下半期は『ひらいて』と『インストール』を読んだのだが、そのなかでも後者の表題作にしてデビュー作「インストール」は見事だった。これがデビュー作とは信じられないくらいに、構成で勝負できている。綿矢りさはあの文体が持ち味だと思っていたが、どうやら見誤っていたようだ。作品の骨組みそれ自体にも、感情に訴えかけてくる力強さがある。
  • リチャード・パワーズ "Dark was the Night"は、縁あって邦訳された「夜の闇は深く」で読ませていただいた。そのとき同時に邦訳をいただいた "To the Measures Fall"もまた素晴らしい短編だったのだが、『惑う星』を読んだいまどちらかに軍配を上げるとするならば、今の自分は「夜の闇は深く」に上げると思う。邦訳者にはこの場で再度、深く感謝します。おかげで素晴らしい短編に出会えました。『惑う星』に心動かされた読者は、ぜひ "Dark was the Night"も読んでみてほしい。どちらも宇宙と治験をテーマにしているというだけではなく、もっと根底のところで共鳴しあっているはずだ。
  • 今年度ミステリ新刊枠からは、量子力学を使った小説のなかでは個人的ベストの「爆発物処理班の遭遇したスピン」と、エイリアンという言葉に癒されるリューイン「それが僕ですから」をおすすめしたい。どちらの短編集も、短編集として見事なので、ぜひ手に取ってみてください。

 

 

 

 

 


 来年はさらにインプットとアウトプットを増やして、小説だけではなく漫画や映画もたくさん読んで見てとしたいな、と思いつつ、ここらで筆を擱きます。小説書いたり、同人誌だしたりしたい!

 ということで、みなさま良いお年を。来年もよろしくお願いいたします。

*1:2022年上半期読書記録 - 載籍浩瀚

*2:実際自分は、都築道夫-法月綸太郎による叙述の文脈で後輩に本書を紹介してもらった。横田創『埋葬』とともに読むといいとのことでそちらも読んだ。なるほどすべて語りのマジックの話である。

*3:ミステリベスト2022 - 載籍浩瀚