載籍浩瀚

積んで詰む

読書記録#1

「トクマの特選!」というレーベルがある。絶版になっていて手に入りにくい名作昭和ミステリを、現代風に復刊している非常に優秀な文庫レーベルなのだが、そこが今回梶龍雄の『龍神池の小さな死体』を復刊させた。ミステリマニアの中では、傑作なのにも関わらず復刊される気配もなく古書価だけが高騰していった珍本のような扱いをされていた本書だったが、目でたく容易に手に入るようになったので、早速読んでみた。

 

梶龍雄『龍神池の小さな死体』

「お前の弟は殺されたのだよ」死期迫る母の告白を受け、疎開先で亡くなった弟の死の真相を追い大学教授・仲城智一は千葉の寒村・山蔵を訪ねる。村一番の旧家妙見家の裏、弟の亡くなった龍神池に赤い槍で突かれた惨殺体が浮かぶ。龍神の呪いか? 座敷牢に封じられた狂人の霊の仕業か?(表4あらすじから抜粋)

 

 

 上のあらすじの続きでは、なんと「パーフェクトミステリ」と銘打たれている本作だが、たしかにその肩書きに恥じない作品ではあると思う。最終章の伏線回収と論理の展開の仕方は見事だし、文庫にして83ページもの紙面を割いた解決編は、なるほどミステリの面白さの根源を思い起こさせてくれるようなものになっている。

 最近巷で「伏線」が話題になった。ミステリにおける「良い」伏線というのにはいくつか種類があると思うが、この『龍神池』は良い伏線が散りばめられていながらも、あまり例をみない伏線の置かれかたをしている。というのも、第五章が全て解決編に当てられている本作では、それ以前の四章の内に散りばめられた「伏線」を回収するところから始まるのだが、この散りばめられ方が天性の物だとしか思えないのだ。印象に残るようにあからさまに書かれているわけでもなければ、二重に手を替え品を替え情報を出すことで、深層心理に残るように配置されてるわけでもなさそうだ。なのにも関わらず、解決編で回収するときに、その伏線を我々読者は失念することがない。これはおそらくカジタツの感覚によるものなのだろう。

 以上のように丹念に伏線にこだわった本作だが、以下の「あとがき」を見れば分かるように、やはり作者も本格ミステリであることを志向しているらしい。

【特別公開!】「あとがき(に代えた架空対談)」/『梶龍雄 驚愕ミステリ大発掘コレクション1 龍神池の小さな死体』|トク魔くん(トクマの特選!)|note

そこで本作を「本格推理小説」としてみると、やはり第四章のラストで美緒が放った言葉は印象に残る。

推理小説でいえば、ここで犯人を推理するデータはぜんぶ出つくしたというところなのよ」(p.397)

読者への挑戦状としてこの台詞が挿入されているのは、勘の鈍い読者にも明白だ。しかし、いわゆる「読者への挑戦状」とは当然在り方が異なってくる。これはあくまで一登場人物が放っただけであり、メタレベルが一つ上の作者が物語に介入したわけではない。じゃあただ作者がマニア心を満たすためだけに配置したかといえば、それがかえって第五章の解決編で美緒が置かれる立場への示唆になっているようにも取れる。意識的にやってるとすれば舌を巻くが、これは深読みしすぎかもしれない。

 ここまでそれなりに肯定するように感想を書き連ねているが、個人的好みでいうと、実はこの作品は少しだけ外れている。上で引用した「あとがき」で用いられた言葉を使えば、本作はおそらく「サキ型」なのではないか。本格としてプロットを巧妙に作り上げた一方で、ストーリーのちぐはぐさが目に余るのだ。そもそも過去の弟の不審死を探るために始めた探偵行のはずなのに、途中でそれが空気になってしまうのはいかがなものか。*1過去の事件と現在の事件を贅沢に用意したはいいが、ストーリー面では料理しきれていない。過去の弟の死を通じて、先日の母の死を悼み、現在の自分を省みるという、仕立て上げれば一級品になってもおかしくない材料が揃っている中で、第四章の殺意が芽生えるシーンや、自分-弟-母の関係の描写を省いてしまったことなど*2には少しがっかりしてしまった。自分の記憶が正しければ、物語を作り上げることのできる作者であることは間違いないので、もう少しどうにかならなかったのかという悔いが残る。繰り返すが、トリックのために、物語を多少歪めてしまう妥協が見えたような気がするのだ。だからこそこの作品が際立っているのは間違いないのだが、やはり個人的な好みとしては残念な思いがないといえば嘘になる。

 ただし、落とし方は嫌いではない。プロットの要請上、途中途中人間味に欠けるような言動や行動を取った智一の人間味が爆発し、物語世界にキ裂が走り、破局する。最後の最後まで読者を驚かせようとした作者の意気込みが強く感じられるし、実際成功しているだろう。

 

 最後にちらっと布教を。本作を読んで、ドラマパートに物足りなさを感じた人がいれば、ぜひ遠田潤子の『冬雷』を読んでほしい。過去の真実を確かめる探偵行の先に、浮かび上がった自分たちの有様を書いた傑作である。

 

 

 

*1:だからこそそれが再び焦点を当てられたときのサプライズが増すのだという指摘は容易に想定できるが、それにしてもやりようがあっただろうと思う

*2:他にも唐突な研究内容の紹介や、杜撰な美緒との関係などが挙げられる

『紙魚の手帖 vol.2』2021年12月号

 一体いつの『紙魚の手帖』だ? と自分でもなってますが、とりあえずこういうのは続けるのが大事なので、投稿します。エタらないことこそが命!

紙魚の手帖 vol.2』

紙魚の手帖Vol.02


収録内容

 

創作:(◎:必読、○:おすすめ)

○「羅馬ジェラートの謎」米澤穂信/<小市民>(ミステリ)
「百円玉」村嶋祝人(ミステリ)
○「沈黙のねうち」S・チュウイー・ルウ(SF)
「431秒後の殺人」床品美帆(ミステリ)
「天地揺らぐ」戸田義長(時代・ミステリ)
○「無常商店街」酉島伝法(SF)
○「曼珠沙華忌」弥生小夜子(ミステリ)
「新世界」パトリック・ネス/<混沌の叫び>(SF)

○「ウィッチクラフト≠マレフィキウム」空木春宵(SF)

「さいはての実るころ」 川野芽生(ファンタジー

「一等星かく輝けり」倉知淳/<乙姫警部>(ミステリ)

 

エッセイ:

「乱視読者の読んだり見たり」若島正

「ホームズ書録」北原尚彦

 

その他:

期待の新人インタビュー:犬飼ねこそぎ、新名智

 

ネタバレなし感想

「羅馬ジェラートの謎」米澤穂信

 年末ミステリランキング完全制覇に加え、山田風太郎賞直木賞までも獲得した米澤穂信の代表シリーズのひとつ、<小市民>シリーズの最新作。小佐内さんと小鳩くんが今回食べるスイーツは、ジェラートです。ショッピングモールのジェラート屋で見かけたのは、ずっと座り続けているのにジェラート自体に手をつけない男の人。些細な謎をわずかな手がかりから想像し推理していく小鳩くんですが、その謎の解明から新たな謎を見出し、さらにもう一つのありうべき真相が語られます。何重にも物語のレイヤーがあり、その底知れなさを感じさせる技術は、さすがの一言です。

 

「百円玉」村嶋祝人

 第18回ミステリーズ!新人賞優秀賞作。ハウスクリーニングのバイトとして、地元の団地に戻ってきた圭介。彼が掃除を進めていくたびに、十三年前の団地で起きた事件の記憶が蘇っていく。部屋に染みついた黒い手形や足跡が、圭介になにかを訴えかけているようで……。ミステリとして見ると、正直ちぐはぐさが否めませんでした。まず謎がぼんやりしているため、解決がされてもすっきりしないのです。一方でハウスクリーニングバイトの描写が、とにかく素晴らしい。読んでいてこの仕事のつらさや、めんどくささなどがいやというほど伝わってきており、彼らの心情や場の雰囲気をそのまま感じることができました。そちらがミステリ部分の瑕疵を補った形になっていると思います。デビュー作として、作者の持つ筆力を見せつけた作品でした。

 

「沈黙のねうち」S・チュウイー・ルウ

 言語能力を買い取ることのできる世界で、シングルマザーの「あなた」が、娘のリリアンの将来のために母語を天秤にかける話です。触れ込みから勝手に、昨今流行りのジェンダーSFだと思っていましたが、実態はそうではありませんでした(そう読み取れる部分もありますが)。これは例えば三秋縋の『三日間の幸福』のような、命と引き換えに何かを得ることで発生するドラマに類するものでしょう。SFとしてジャンル分けするのならば、言語SFにあたると思います。翻訳の仕方もかなり工夫されていますし、年刊傑作選に取られるような仕上がりです。個人的にはオチが弱いなと感じてしまいましたが、これはこれで余韻の残す終わり方とも言えるでしょう。

 

「431秒後の殺人」床品美帆

 死亡事故を他殺と断定できるような証拠を探すという、<回想の殺人>モノの一つです。一度事故と警察に断定されたものを、どう他殺だとひっくり返すかが焦点となるため、どんな離れ業が披露されるのかという、物語のフックとなる謎自体の出来は良かったと思います。一方で、解決の必然性が乏しいことは否めません。ここらへんは好みの問題かもしれませんが、解決編において、どれだけ偶然を偶然と片付けてしまっていいのかのライン際にある作品だと思います。単行本も出るみたいなので、とりあえずはそちらを期待といった感じです。

 

「無常商店街」酉島伝法

 翻訳家の主人公は、「近づかないで」と再三言われていた商店街に、ひょんなことから近づいてしまう。商店街に飲み込まれたが最後、自身がどこにいるのか、そもそも何者なのかも分からなくなってしまい……。
 酉島伝法の作品で、たまに味わえるポップな酩酊感を覚えることのできる作品です。今どこにいるのかも、どこへ向かうのかもわからない、その分からなさが小説として描かれているから、余計彷徨ってしまう、そんな居心地の悪さに満ちた良作だったと思います。

 

曼珠沙華忌」弥生小夜子

 浮世離れした、美貌の双子にまつわる殺人が、幾多の語り手によって耽美に物語られる見事な一作です。双子だけにしか通じ合うことのない極まった関係と、そんな彼らに対して誰かが嫉妬心や羨望を向けてしまった結果、起こってしまった異常な殺人事件の構図が素晴らしい。気が早いですが、単行本にまとまって、色んな人に読んでもらいたい一作です。

 

ウィッチクラフト≠マレフィキウム」空木春宵

『感応グラン=ギニョル』の作者、空木春宵の新作短編です。現代版魔女狩りをテーマに、気づけばすごいところまで読者を連れていってくれます。VRやARなどが普及しきった未来図を描いており、「感応グラン=ギニョル」や「Rampo Sicks」の大正浪漫やサイバーパンクさというよりも「地獄を縫い取る」の世界観に近いです。個人的に『感応グラン=ギニョル』の中では「地獄を縫い取る」が一番好きなので、この作品は最高に楽しめました。本当に勝手な所感ですが、魔女のVR世界と<魔女達の魔女>の関係が、ミサカネットワークとミサカ総体の関係に見えたのは、ただの妄想でしょうか……。

 

ネタバレあり感想

※がっつりミステリとしての仕掛けやオチを割っています。

 

「羅馬ジェラートの謎」米澤穂信

 クレーンが電線に引っかかったことをあからさまに書いていたり、小佐内さんが美味しいという言葉を避けていることがほとんど隠さずに書かれていたため、ジェラートが溶けていて不満に思っているという第一の推理は、ある程度予想がつきます。また溶けないジェラート、というところから食品サンプリングの社員が来ているという第二の推理も、(ここは少しセコいなと思ってしまったところですが)十分予想できる範囲です。ただしそこは米澤穂信ですから、もちろんこれだけでは終わらせません。ジェラートを前にして待っている男のその目的を想像したとき、ここまでに披露された二つの推理ががっちりと組み合って、物語の背景をがらっと一変させています。少しぞくっとするような、<小市民>シリーズらしいオチです。

 

 

『紙魚の手帖 vol.1』2021年10月号 

 『ミステリーズ!』が終わり、新たに総合文芸誌として刊行された『紙魚の手帖』。その創刊に立ち会えたので、折角ならと、レビューの練習もかねて読書記録を残すことにします。

 

紙魚の手帖 vol.1』

紙魚の手帖Vol.01


収録内容

 

特集:

第31回鮎川哲也賞、第18回ミステリーズ!新人賞総評&第21回本格ミステリ大賞全選評

創作:(◎:必読、○:おすすめ)

○「三人書房」柳川一(ミステリ)
○「ゼロ」加納朋子(ミステリ)
「スフレとタジン」近藤史恵/<ビストロ・パ・マル>(ミステリ)
○「白が揺れた」櫻田智也/<魞沢泉>(ミステリ)
「魚泥棒はだれだ?」ピーター・トレメイン/<修道女フィデルマ>(ミステリ)
「108の妻」石川宗生(文芸・SF)
「セリアス」乾石智子/<オーリエラントの魔道師>(ファンタジー
「フォトジェニック」秋永真琴(文芸)

その他:

期待の新人インタビュー:千田理緒、大島清昭

 

ネタバレなし感想

「三人書房」柳川一

 第十八回ミステリーズ!新人賞受賞作。平井太郎江戸川乱歩として世に出る前、古本屋を営んでいたときに舞い込んだ謎にまつわる話です。いわゆる「日常の謎」の一種であり、仕掛け自体は先行作があるものの、その扱い方がかなり巧みだったと思います。ミステリとしての仕掛けを越えて、短編そのものの仕掛けになっていたのが見事でした。文体や登場人物たちのセリフが当時の雰囲気を醸し出しており、小説としても高いレベルでまとまっていたのではないでしょうか。ミステリ専門誌としての「ミステリーズ!」から、総合文芸誌である「紙魚の手帖」へと移り変わっていく象徴のような短編だといえるかもしれません。

 

「ゼロ」加納朋子

 人とのコミュニケーションに不安を抱え、その寂しさを埋めるために愛犬ゼロを飼い始めた大学生の玲奈。ゼロとの朗らかな交流の裏で、彼女に怪しい影が忍び寄り……。あるイベントを通じて玲奈が最初から持っていたかけがえのないものに気づく、というありきたりなプロットではあるものの、まずは玲奈とゼロのあたたかな交流が丁寧に描かれていることによって、最後までぐいぐい読ませられる短編になっていたと思います。ですがやはり特筆すべきは、ゼロと玲奈の視点が交互に書かれることによって炸裂した仕掛けでしょう。途中ちりばめられた伏線が、仕掛けが明かされたときに一気に収斂していく感じは間違いなく上質なミステリのそれであり、『ななつのこ』以来「日常の謎」の第一線を走り続けた作者の筆力を感じさせられました。終わり方もやさしさに充ち溢れた大団円で、さわやかな読後感が印象的です。

 

「白が揺れた」櫻田智也

 日本推理作家協会賞本格ミステリ大賞も受賞した<魞沢泉>シリーズの最新作。今回も今回とて質の高い作品でした。この安定感は泡坂妻夫の<亜愛一郎>シリーズのそれに匹敵するといっていいでしょう。この<亜愛一郎>シリーズと本シリーズは、亜愛一郎と魞沢泉の造形もさることながら推理に使われるポイントが非常に似通っており、人情味あふれる推理短編に仕上がっています。そんな最新作は、山狩りの最中に起きた銃殺事件。誰が犯人であってもおかしくない状況で、魞沢泉の推理が光ります。

 

「魚泥棒はだれだ?」ピーター・トレメイン

<修道女フィデルマ>シリーズからの短編。どうやら春に最新短編集『修道女フィデルマの采配』も刊行されるようです。さて、まずフィデルマのもとに舞い込んだのは厨房から消えた魚の謎でした。そこに立ち入ることのできた者は誰にも盗む機会がなかったのです。そこでとりあえず様子を見ようとフィデルマが厨房に向かったところ、なんと貯蔵室の戸の中から刺殺死体が見つかりました。ということで、フィデルマは「魚泥棒の謎」と「殺人の謎」の二つの謎に挑むことになります。正直それぞれの真相自体は、いまさらあっと驚くものではありません。しかしそこに至るまでの過程と、なにより二つの謎のつながりが魅力的です。

 

「108の妻」石川宗生

 タイトル通り108人(実際はその半分くらい)の妻が描かれます。『ホテル・アルカディア』の<愛のアトラス>のどこかに挿入されてもおかしくないような掌編です。妻が「点描の妻」や「強打者の妻」、「メタフィジカルな妻」など色々な姿を見せるのですが、それこそ『ホテル・アルカディア』と同じく彼のユーモアセンスに合うかどうかで評価は分かれてきそうです。個人的には石川宗生はかなり好きなので、今回も楽しく読めました。ただ理解は正直できていないですが……。

 

「フォトジェニック」秋永真琴

「#ファインダー越しの私の世界」を掌編化したらこうなるでしょうし、そもそもこのタグの究極系はこういう作品なのだと思います。写真を撮ることが好きな後輩とのすれ違いや、後輩に対してかけた言葉が最後に自分に返ってきたあとの喪失感などの”エモさ”を丹念に描いている作品です。本作になにか思うことがあったなら、ぜひ同じ東京創元社から出ている『Genesis 一万年の午後』に収録されている「ブラッド・ナイト・ノワール」にも目を通してほしいです。こちらは吸血鬼のギャングと人間界の王女のボーイ・ミーツ・ガールで、種族間を超えた出会いと冒険が描かれています。

 

ネタバレあり感想

※がっつりミステリとしての仕掛けやオチを割っています。

 

「三人書房」柳川一

 なんといっても、江戸川乱歩が登場するというのが効いています。この仕掛け自体は、「謎を作ることで興味をそらす」*1ことの変奏だといえると思いますが、その仕掛けを作ったのが若き日の乱歩だと言われてしまうと納得感がありませんか。実際にその謎自体の完成度も高いものでした。葉子に手紙の存在を信じてもらわないといけない=暗号が解けそうで解けない現実味のあるラインをせめなければならないと要請されている中でのあの暗号も絶妙です。視点人物である井上=読者を葉子と同じ立場に立たせることによって、葉子が騙されたことに納得感を持たせることもできていました。さらに、最後まで隠されていた井上が上京してきた理由が、そもそも謎を作らなければならなかった理由と対比されて明かされた構成もばっちり決まっています。さて、この短編で最初に提示された謎は「謎に出会った乱歩が何故小説にしなかったのか」でしたが、これも最後まで読めば理由は明らかでしょう。この高い構成力には目をみはるばかりで、次作にも期待が持てます。

 

「ゼロ」加納朋子

 単純なトリックながら、最大限にその効力を発揮させており、加納朋子の本領を見せつけられました。ゼロと玲奈の視点が交互に入れ替わること、途中途中なにかおかしさを感じることで、なにかしらの叙述トリックが仕掛けられているのだろうなということ自体は察することができると思います。しかし、ドラマの一番盛り上がり部分でそれが開示されたことにより、なぜ猫ではなく犬だったのかや玲奈が犬を飼いたかった理由などまで説明され、成長小説としてより厚みを増したのではないでしょうか。

 

「白が揺れた」櫻田智也

 事件が発覚する前から犯人のことを気にかけていた、というオチが魞沢泉の魅力を表しているようでかなり気に入っています。串呂がハンターとしての矜持を持っていることを理解しているからこそ導かれる推理というのが、魞沢泉のおとぼけさの中にある無邪気さを示しているようで、ユーモラスな読後感につながっているのでしょう。また、「人を殺した銃弾が撃ち込まれた鹿を食べたくない。だからルーティンワークである血抜きを怠った」という、人として納得のいく感情が含まれた手がかりの丁寧さにひかれます。こういうあるあるや共感のできる部分を推理の要にする手法は泡坂妻夫がよくとる手法ですが、その正統な後継者であることを感じさせる一作でした。一方で、視点人物を犯人にするというところでのフェアプレイ性は気になるところです。そこに対してのケアはほとんどなかったと思います。しかしその視点人物=犯人が犯行現場に違和を感じることで、串呂を容疑者枠からどちらかというと読者枠へと移行させた上での意外性がありました。犯行現場に違和感を覚えた理由自体もロジカルに説明されており、フェアネスは欠けてあるものの、そこを欠点と感じさせない作品に仕上がっています。……そもそもフェアプレイにこだわる必要のない作品なので何の問題もないとは思いますが。

 

「魚泥棒はだれだ?」ピーター・トレメイン

 よく読んでみれば、確かに「マンホーンはまっさらな前掛けを法衣の上に巻いていたが~」とあり、しっかりと登場時点で仕込みが完了していることが分かります。ただ肝はそこではなく、マンホーンが犯人だとわかることによって厨房の状況が分かり、だからこそ魚泥棒の真犯人(?)である猫がどうどうと立ち入ることができたとつながっていくところでしょう。

*1:選考委員も務めている米澤穂信も女郎蜘蛛の会なんていって、<古典部>シリーズの中で使っていました。

2021年上半期読書記録

 新刊は1年通して記録をつけるという無駄な信念があるので新刊を除いた上半期分の読書記録です。

 全体的な傾向としては未読作を読むよりも既読作を再読した方が多かった気がする。まあ読書会とかがいっぱいあったり、その準備をしたりしたのが影響してそう。下半期はいっぱい未読作を消化したい。というか積読を消化したい。あと反省点としては結構再読がミステリに偏ってしまったことくらいですかね。

 それはさておき面白かった、というより印象に残った本十冊くらいを適当にピックアップしたいと思います。順不同ってわけでもないけど、ランキングは気まぐれです。少なくとも作品の完成度だけではない。

 

 

『朝霧』北村薫

前作『六の宮の姫君』で着手した卒業論文を書き上げ、ついに学窓を巣立つ時がやってきた。出版社の編集者として歩み出した《私》が巡り逢う不思議の数々。謎解きの師でもある噺家、春桜亭円紫師匠に導かれて迎える幕切れの鮮やかさ、切なさが胸に迫る。寥亮たる余韻は次作への橋を懸けずにはいない。“物語”の伏線に堪能する、《円紫さんと私》シリーズ第五作。

 

 今期最高の収穫はこのシリーズの再読だったと思う。今回は一シリーズからは一冊のみを選ぶという縛りを自らに課したが、もしこの縛りを課さなかったら、十冊中の四冊は間違いなく《円紫さんと私》シリーズで埋まっていた。

 このシリーズには大学生の「私」が数々の謎と物語に出会い、それらを鏡にして自分と向き合って、自らの殻をやさしく破っていく成長小説の側面がある。本作『朝霧』で「私」は学生という身分を終えて社会へと羽ばたっていくのだが、この巣立ち方が小説として非常に美しく感じたのだ。例えば高校を卒業して大学に入ったとき、たしかに環境の変化はあったものの、でもそれは決して不連続でなかったように思う。この連続的な移ろいを『朝霧』では学生/社会人という大きな隔たりをまたぎながらも、しっかりと描いてみせたのである。もちろん物語それ自体にまつわる謎を紐解いた前作の『六の宮の姫君』や大人になった「私」の目線が描かれる『太宰治の辞書』、先に大人になっていく姉との確執を描いた『夜の蝉』も最高なのだが、今は成長小説の終わりとその先を描いた唯一無二の作品である本作が無性に心に残った。

 

『冬雷』遠田潤子

大阪で鷹匠として働く夏目代助。ある日彼の元に訃報が届く。12年前に行方不明になった幼い義弟・翔一郎が、遺体で発見されたと。孤児だった代助は、日本海沿いの魚ノ宮町(おのみやまち)の名家・千田家の跡継ぎとして引き取られた。初めての家族や、千田家と共に町を守る鷹櫛神社の巫女・真琴という恋人ができ、幸せに暮らしていた。しかし義弟の失踪が原因で、家族に拒絶され、真琴と引き裂かれ、町を出て行くことになったのだ。葬儀に出ようと故郷に戻った代助は、町の人々の冷たい仕打ちに耐えながら、事件の真相を探るが……。

 

 ドラマとミステリがうまく融合した作品だった。主人公もヒロインも誠実に生きているのに、周囲や村に残る因習のせいでどうにもうまくいかないもどかしさや、自分の存在価値を他人に押しつけられたのにそれを奪われてしまう脱力感などが、エンタメを逸脱しない程度に上手に描かれている。ミステリとしても最後の展開は目まぐるしく圧巻で、読み終わったときに今までの物語がすっと見通せるようなそんな快感が残る。力作である。

 

『フォックス家の殺人』エラリイ・クイーン

ライツヴィルに帰還した戦争の英雄デイヴィー・フォックス。激戦による心の傷で病んだ彼は妻を手に掛ける寸前にまで至ってしまう。その心理には過去に父が母を毒殺した事件が影響していると思われた。彼を救うには父の無実を証明するほかない。探偵エラリイが十二年前の事件に挑む。

 

 本作と『十日間の不思議』が完全新訳で刊行され、『靴に棲む老婆』と『ダブル・ダブル』の新訳も発表されて、今こそクイーンを読むとき......だと思う。さて国名シリーズを終えて文学性を獲得しただったり人工性を消せるようにになったなんて言われている中後期クイーンの作品だが、個人的にはそんなことよりもライツヴィルという社会のミニチュアにおいて探偵という歪なキャラクターがどういう役割を果たすのかに挑んだ『災厄の町』や本作が大好きなのである。問題としてよく取り上げられる最後のオチ自体も、全部読めば決して突飛なものでないのが良くわかるはず。こういうのを読むと、クイーンはやはり史上最高のミステリ作家の一角だと思わされる。

 

限りなく透明に近いブルー村上龍

米軍基地の街・福生のハウスには、音楽に彩られながらドラッグとセックスと嬌声が満ちている。そんな退廃の日々の向こうには、空虚さを超えた希望がきらめく――。

 

あたし海に入るわ、この中にいると息が詰まるのよ、離してよ、離してよ

 刺さった表現大賞2021年上半期受賞作品。この作品、比喩というか情景描写がとにかく上手い。特に上で引用した「海」の場面は巧みで、これは恋人のリリーが雨の降るトマト畑に飛び込もうとするシーンなのだが、トマト畑を海という全くかけ離れたもので喩えておきながら、その場面の情景と登場人物の心情を目の前にばっと広げることに成功しているのである。さらに、恐らくここらへんの場面は最後の「限りなく透明に近いブルー」に気づく場面と対比させてあるはずなのだが、この対比についても、「夜明けの空がガラスに反射した透明に近いブルー」と「<深夜のトマト畑>〜<深夜の海>の深く黒に近いブルー」と色ではっきりと対比させてある。このように情景描写を比喩を用いつつ多角的に反芻させるという、高度なんて言葉じゃ足りないことをいくつもやってのけているのがこの作品なのだ。

 乱交パーティーをしたあとに恋人と愛を語ったり、薬物に溺れてたわいない空想にふけったり、そんな空虚さを超えた切なさや、社会という巨大な構造体の中で何者にもなれない不安感や寂寞感を描いたという意味でも素晴らしい作品なのは間違いないのだが、でもやっぱりそんなのはどうでもよくて、純粋に村上龍という作家の描写力に惚れてしまった。

 

『人間たちの話』柞刈湯葉

どんな時代でも、惑星でも、世界線でも、最もSF的な動物は人間であるのかもしれない……。火星の新生命を調査する人間の科学者が出会った、もうひとつの新しい命との交流を描く表題作。太陽系外縁部で人間の店主が営業する“消化管があるやつは全員客"の繁盛記「宇宙ラーメン重油味」。人間が人間をハッピーに管理する進化型ディストピアの悲喜劇「たのしい超監視社会」ほか全6篇を収録。稀才・柞刈湯葉の初SF短篇集。

 

 読んでてとても楽しい短編集だった。すごくSci-Fi的な作品でありながら、藤子・F・不二雄のような、すこしふしぎなといったテイストで読みやすい。実際「宇宙ラーメン重油味」に登場する宇宙人の造形は、自分の中では完全に藤子先生のタッチだった*1。個人的にはオーウェルの『一九八四年』のオマージュである「たのしい超監視社会」と一体生命とはなんなのかを問う話である表題作「人間たちの話」が非常に好みであった。特に後者は、あとがきで書かれているように「宇宙生命とのファースト・コンタクトは探査機による発見ではなく会議による認定だろう」という着想がとても面白く、そして納得させられた。

 

『第二の銃声』アントニイ・バークリー

高名な探偵作家ヒルヤードの邸で、ゲストを招いて行われた推理劇。だが、被害者役を演じるスコット=デイヴィスは、二発の銃声ののち本物の死体となって発見された。事件発生時の状況から殺人の嫌疑を掛けられたピンカートンは、素人探偵シェリンガムに助けを求める。二転三転する論証の果てに明かされる驚愕の真相。探偵小説の可能性を追求し、時代を超えて高評価を得た傑作。

 

 読んでなかったシェリンガムシリーズを読みつつ本作や『毒チョコ』などを再読したのだが、同シリーズの中で一番好きな作品がこの『第二の銃声』である。通して読んでみると、この作品までにバークリーが探偵小説に投げかけた疑問を総括するような作品になっていることが分かると思う。「ミステリのお約束」を逆手に取るような作家性なのでミステリの入門には向かないかもしれないが、個人的におすすめしたい一作。

 

『誰彼』法月綸太郎

謎の人物から死の予告状を届けられた教祖が、その予告通りに地上80メートルにある密室から消えた!そして4時間後には、二重生活を営んでいた教祖のマンションで首なし死体が見つかる。死体は教祖なのか?なぜ首を奪ったのか?連続怪事の真相が解けたときの驚愕とは?

 

 ミステリは面白いし、新本格はとても面白いし、法月綸太郎は最高に面白い。新装版が出たので『密閉教室』読書会のついでに再読したのだが、この再読によって評価が一気に高まった。以前法月綸太郎シリーズを読んだときは、やっぱり『頼子のために』などの印象の方が強かったが、読み返してみると『誰彼』が同シリーズの中でベストかもしれない。魅力的な謎が、捜査によって不可解さを増したように見えて、最後にはするりと紐解かれる。今さら言うまでもないが、凄腕の作家である。

 

『向日葵を手折る』彩坂美月

父親が突然亡くなり、山形の山あいの集落に引っ越した小学校6年生の高橋みのり。分校の同級生と心を通わせはじめた夏、集落の行事「向日葵流し」のために植えられていた向日葵の花が、何者かによってすべて切り落とされる事件が起きる。同級生たちは「あれは向日葵男のしわざだ」と噂するが、さらに不穏な出来事が続き……。あざやかに季節がめぐる彼女の4年間と事件の行方を瑞々しい筆致で描く、烈しくも切ない青春ミステリ。

 

 青春ミステリとは青春小説と推理小説が上手く融合したものなはずで、それはその作品が青春小説として、あるいは推理小説として単品で読まれたときに耐えうる作品でならねばならないと思う。本作は特に青春小説として良くできていて、幼少期に抱く大人や社会への不信感と憧憬のアンビバレンスさが集落の人との交流や「向日葵男」という怪人が起こす事件を通して描出されている。一方でこの怪人が起こす事件の展開もまた巧みであり、だからこそ本作は青春ミステリとして素晴らしい作品であると太鼓判を押すことができるのである。

 

イリヤの空、UFOの夏』秋山瑞人

「6月24日は全世界的にUFOの日」その言葉から、浅羽直之の「UFOの夏」は始まった――。

夏休み最後の日、せめてもの想い出にと学校のプールに忍び込んだ浅羽の前に現れた先客、手首に金属の球体を埋め込んだその少女は「伊里野加奈」と名乗った……。おかしくて切なくて、どこか懐かしい――ちょっと“変”な現代を舞台に贈るボーイ・ミーツ・ガールストーリー。

 

 夏を舞台にしたボーイ・ミーツ・ガールは数多くあれど、この作品ほどに完成度の高いものはそうそうない。また「天気の子」や「エヴァ」などの上映により、なぜかセカイ系が今再び注目されている中で*2、今一度読まれるべき作品だと思う。表現、キャラクター、世界観、そのどれをとっても一級品であり、まさにライトノベルの金字塔的作品だと再読をして改めて思い知らされた。間違いなく傑作である。

 

『五匹の子豚』アガサ・クリスティ

16年前、高名な画家だった父を毒殺した容疑で裁判にかけられ、獄中で亡くなった母。でも母は無実だったのです……娘の依頼に心を動かされたポアロは、事件の再調査に着手する。当時の関係者の証言を丹念に集める調査の末に、ポアロが探り当てる事件の真相とは?

 

 クリスティについて深い造詣があるわけではないので確かなことは言えないが、それでもこの作品には彼女の作品の面白さの核となる部分がたっぷりと詰まっているのだと感じる。クリスティ素人にもそう感じさせるくらいには、他の著名な作品で味わえるようなポアロの見事な推理だったり、登場人物の生き生きとした有様だったりが見事にブレンドされているのだ。それでいて読みにくさ、とっつきにくさを感じることなく、一気に全部読ませてくれるので、もしクリスティの一冊目に迷ってる人がいるならば、この作品を強くおすすめしたい。

 

 以上十冊が上半期に読んだ面白かった小説トップテンみたいな感じです。タイトル書いて「面白かったです」で終わりみたいな雑な紹介をするつもりで記事を書き始めたのですが、変なスイッチが入ってしまい長々と語ってしまいました。下半期で書くときはもっと低カロリーにしていきたい。

 それにしてもなんか思ってたより名作揃いというか、伝説のポケモンを集めた厨パみたいなノリになってしまった......。

 

 

*1:未知とのそうぐう機で出てくるハルバルみたいなイメージである。

*2:こう思ってるのは一部の時代に取り残されたオタクだけという説もある。

『花束みたいな恋をした』

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 『花束みたいな恋をした』という映画を観た。基本恋愛邦画についてはあまり期待していない側の人間*1だったが、同じくそういう側の人たちから聞こえてきた触れ込みは概ね上出来であるという評のようで、これはチェックしにいかなければという気が芽生えたのだ。観た感想だが、なるほどこれはすごい。この映画は、普段から恋愛映画を見るようなカップルに捧げられたと同時に、物語や音楽を解することに命をかけているような、いわゆるサブカル人間*2にも捧げられていたのだ。舞城王太郎やたべるのがおそい、もしくはきのこ帝国といった固有名詞が主演の二人から溢れ出、ベッドの上の河出文庫や棚にささった二冊の全く同じ本などの細かい演出が全体にわたって施されている。そしてそんな彼らが社会という名のお風呂に溺れて感性を失っていく中盤は、そのリアルな質感もあいまって、直視できないものであった。でも私がこの映画で、すげえと感嘆したのはこのニッチな層に向けた細かな演出などではない。この映画の一番のポイントは、劇場に座っていた大多数の人が感じたように、最後のファミレスなのである。あそこがこの映画の全てと言ってもよく、そしてこの映画を特別にしたのだ。あの数十分のコマで、この映画はラブストーリーにおける運命を破壊し、そして現実における日常を運命に変えた。*3あの瞬間、この映画は間違いなく「エモく」なったのであり、劇場で座って泣いていたカップルの恋愛を特別なものにしたのではないだろうか。

麦と絹

 麦と絹は大衆の化身である。彼らはタッチの差で終電を逃し、明大前駅で出会った。これは別に運命的な出会いでもなんでもなく、実際に麦と絹と同じ場所同じ時間にもう一組のカップルが出会っている。彼らは徹頭徹尾大衆として書かれていて、それでいてパズルのピース同士のように趣味が噛み合った運命的な二人なのである。

 趣味。これが彼らにとってのつながりだった。始発を待つために入った飲み屋で押井守を見つけ意気投合する二人。目の前に座って映画好き(笑)を語りながら好きな映画に『ショーシャンクの空に』と『魔女の宅急便(実写版)』を挙げたカップルに向かって、彼らはきっと「押井守も知らねえなんて、こいつ『ショーシャンク』と『スタンド・バイ・ミー』の原作が一緒だってことさえ知らねえだろうな」って思ったはずなのだ。*4

  ともかくそうして彼らは出会った。話すうちに自分たちの趣味が天文学的な確率で近しいことを察していく二人が互いに恋愛感情を抱くのはそう遠くはない──そういう風に物語は展開していく。ラブストーリーで恋愛が展開されるときの起点として、ひとめぼれというのがあげられる。ふとした仕草であったり、もっと直截的に顔やスタイルがどタイプだったりして起こりうるこのひとめぼれだが、彼らにとってそのきっかけが互いの趣味だった。

 この時の彼らは間違いなくサブカルチャーに淫していた。彼らは大衆の一人として、サブカルという自分が自分でいられる場所で何か特別なものになろうとしていたのだ。確かに彼らは物語の感想を共有しなかったかもしれない。*5でも彼らは物語の世界観を共有していた。確かにじゃんけんだとかガスタンクとかで痛々しく自分たちは特別であると錯覚したかもしれない。でも麦は自分が感じたことを表現しようとして、絹は自分が好きなものに正直でいようと願った。この演出をサブカルというレッテルを利用とした凡人を描くことによる一般大衆批判だとみてしまうのなら、それこそそいつは今村夏子の作品を読んでも何も感じないような、かわいそうな人なんだろうなと思わざるを得ない。*6もっと言えば彼らが本当にサブカルチャーを愛していたと表現しようとしていたのは小道具を見れば分かるのではないか。序盤で彼らが出した固有名詞は間違いなくメインストリームにあるコンテンツとは言えないものだったではないか。彼らは東野圭吾住野よるで満足せず、円城塔佐藤亜紀に走った。*7サブカルに拘泥しようと『ゲームの王国』の単行本を麦に押し付けた。そうやって邦画にしては珍しく画面めいいっぱいに気を張った演出を、しょうもないありきたりな批判で無視してしまうのは非常に悲しく思う。*8

 そうやって趣味を通じて二人だけの世界観を形成した彼らの恋愛は、きっと特別だった。それは普通の恋というよりも、恋愛小説や恋愛映画で描かれる運命的なものだった。社会に溺れてしまうまでは。

 ファミレスでのカタストロフ

 さて彼らの特別だった恋愛は社会に揉まれてあっけなく潰えた。徐々に徐々に社会という病巣に蝕まれていった麦を見るのは忍びなかった。彼が「もう自分は今村夏子の小説で何も感じることができなくなった」と絹に言い放ったシーンは下手なホラーよりよっぽどホラーだったし、社会なんてくそったれと心の底から思った瞬間である。

 そして彼らは別離を決意する。友達の結婚式の後、自分たちの恋愛を楽しかった思い出として処理し次へ進もうとする。彼らは出会いのファミレスへ赴いて、麦がいよいよその話を切り出そうとする。そこで彼らは見てしまったのだ。あの頃の自分たちと同じように色気のないスニーカーをつつき合いながら趣味を語らい、大衆とは違う特別を装って、そして特別な恋愛に落ちていく瞬間を。そして彼らは心の底から気づいてしまったのだ。自分たちは特別ではなかったと。平凡でありきたりな、そこら中にあふれたラブストーリーを送ったのだと。でもそれは本当にそうだったのだろうか。彼らは昔の自分たちの姿を見てそして自分たちが特別じゃなかったと気づいた、それだけだったのだろうか。この後麦は絹に向かって結婚ならうまくいくと言って、そして二人は自分たちの輝かしかった思い出をリフレインしていく。リフレインしていくうちに絹は少し麦のプロポーズに心揺れたような表情を見せる。それほどに彼らの最初の数年は、特別だったではないか。スクリーンを見ていた私たちだって、これは正真正銘のラブストーリーだって思ったはずなのだ。

 でも麦も絹も結局は二人して別れることを決意する。この心変わりに、この映画の全てが詰め込まれているように思えてならない。彼らは昔の自分たちを目の前にして気づいてしまったのではないか。特別は平凡で、でも平凡な恋は特別であるという、どうしようもなく当たり前の事実に。だからこそ彼らは次の特別な恋に進めた。そしてまた再会したとしても、互いを応援することができたのではないだろうか。

 そうやって坂元裕二はこの映画を見に来たカップルの背中を強く押したのではないか。運命を破壊することによって、日常的な恋愛を奇跡に仕立て上げる、これこそが脚本家の真のねらいであると思えてならない。そしてそれはこのタイトルにも秘められていると思う。

 

「花束」とはなんだったのか

 この映画のすごいところに、固有名詞と細かな演出というのを挙げた。そしてそのメインストリーム脇くらいの固有名詞をバンバン投入した*9中で、メインストリームど真ん中の固有名詞がひとつだけ出てきたのを覚えているだろうか。

 それはSMAPである。

 そしてあろうことか麦と絹は、SMAPによるスマスマ最終回について言及したのだ。スマスマ最終回、それは彼らの代表曲であり、国民的楽曲である「世界に一つだけの花」が地上波で流された、最後の回なのだ。

 世界に一つだけの花というのは、ありていに言えば、みんなが特別なんだというのを歌った曲である。

 この映画による花束とは、もともと特別なオンリーワンであった麦と絹を束ねた特別なもので、でもそれは麦と絹以外も等しく普遍的に特別なのだ。

 結局この映画はどんな花束=カップルだって特別なんだっていう、めちゃくちゃな恋愛賛歌ではなかっただろうか。フィクションみたいな出会い方をしなくたって、彼氏がヒーローで彼女がヒロインじゃなくたって、すべての恋が特別なんだという、甘酸っぱくて反吐がでるような、そんな映画であるように思えてならない。

*1:本作における麦や絹のように

*2:あるいはオタク

*3:元々日常に恋愛という言葉がないサブカル人間には関係ないという説もあるが、それはそれ

*4:個人的には好きな映画に『ショーシャンク』や『実写版魔女宅』を挙げる人間は一周回ってめちゃくちゃマニアなのではとも思わなくもないが、そんなことはどうでもいい

*5:というか物語中で共有しなくても裏でしてただろという気がする。誰が恋愛映画でオタク二人による今村夏子の強火感想会を見たいんだという話である

*6:当たり前のことだが、サブカルに淫することができるのは一部の特別な人間だけと思っているのならばそれは厨二病的うぬぼれでしかない。どんな人間だって受け入れるからサブカルチャーが形成されるのである。

*7:確かに彼らの本棚はヴィレヴァンにあるような本棚だったかもしれないが、少なくとも麦も絹も物語を愛していたのは間違いない。そもそも大衆はドラマや映画の原作以外の本を買っても読まずに放置する。俺は詳しいんだ。

*8:時がたつにつれて二人が例に挙げた固有名詞がメインストリームに寄っていった演出とか、めちゃくちゃ決まってたと思う。『君の名は。』と『シン・ゴジラ』の名前が出た瞬間に彼らの恋愛は終わったなって思った人がいたはずなのだ

*9:ここら辺の感覚は鋭いのでやっぱりこの映画の演出家にはガチのサブカル野郎がいると睨んでいる

谷川流『涼宮ハルヒの直観』(あるいはミステリブックガイド)

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 待望の新刊である。マジで驚愕から何年経ったんだよという感じだが、九年半くらいしか経ってなかったらしい。(でもAnotherより中断期間長いと思うとやっぱ長いな)

 谷川流の名前自体は、所々で目にしていたので生存確認は取れていたのだが、ようやく新刊が出た、しかも実質長編レベルで、ということでファンとしては躍り上がるばかりである。ましてやその新刊がミステリに溢れているとなれば、快哉を叫ぶ他ないだろう。

 本書に収録されているは三つ、画集や雑誌に掲載されていた「あてずっぽナンバーズ」、「七不思議オーバータイム」に書き下ろしの「鶴屋さんの挑戦」を加えた形で発刊された。(「あてずっぽ〜」はともかく「七不思議〜」が出たのはつい最近な気がしていたのだけど、初出のところを見ると二年も前らしくビビり散らかした)

 本書の感想についてはめっちゃ面白かった!くらいしかないのだが(本当は後期クイーン問題に関する云々とかメタ性によるどうこうとかミステリにまつわるあれこれの部分で拗らせた気持ちが疼いている)折角谷川流御大がここまでミステリを布教してくれたので、一ミステリ好きとして何作か布教しておきたいと思う。雑文だけど許して。(非ミステリ読者向けなので怖いミステリオタクはブラバしてください)

 

鶴屋さんの挑戦」に出てくるミステリ

 まず一つミステリ好きとして言っておきたいのは、「鶴屋さんの挑戦」が始まってすぐに出てくる鉤括弧についてはネット等で検索しないことをオススメする。「レッドヘリング」や「バールストンギャンビット」については「密室」や「アリバイ」と同じくミステリ用語でしかないので調べても大したネタバレは喰らわないが、「Yのマンドリン」や「アクロイドのアレ」については今ネタを知らないのならそれは幸福なことなので絶対に調べずにいてほしい。

 古泉が何を言っているかどうしても気になるという方は、是非エラリー・クイーン『Yの悲劇』アガサ・クリスティアクロイド殺しを読んでいただきたい。

 これを読むにあたって些か面倒なのは、海外小説であるということから邦訳に多くの種類があるということである。『アクロイド殺し』については(というかクリスティについては)、本屋に行って早川書房の棚を見ると、気持ち悪いくらい真っ赤になっているゾーンがあるはずなのでそこから取ってくれば済むが、クイーンについてはそうはいかない。

 今本屋で買えるクイーンには大別して創元版と角川版の二種類がある。詳しいことは調べたら分かるのでググってくれという感じだが、とりあえずそのどちらかを手に取っていれば国内小説と変わらないくらいの感覚で読めると思う(それくらいに翻訳が良い)。

 ただ注意なのが今回作中で紹介された中で、角川版では新訳が全て揃っているが、創元版では『Yの悲劇』以降の「レーン四部作」と『シャム双子の謎』含む後半の国名シリーズの新訳が出ていない。なので新訳を読み進めたいという方は角川版を取ることをおすすめする。(旧訳には旧訳の良さがあるのは間違い無いがそれを言い出すと早川版がどうとかキリがないので海外小説を読み慣れてない人は純粋に読みやすい新訳を手に取るといいと思う)

 まあ前座はこれくらいにして(既にオタク語りしている気もしないこともないが)古泉とかTとか長門とかが色々ミステリ談義をしていたのだがじゃあ結局何を読めばええんやという方もいると思うので簡単にオススメをしていく。

 

エラリー・クイーン

 まずは上で出たクイーンから。話題になったのは『Xの悲劇』『Yの悲劇』と各々オススメで古泉が『シャム双子の謎』、Tが『エジプト十字架の謎』、そして長門ギリシャ棺の謎』の五冊。

 ハルヒファンにオススメするなら断然『ギリシャ棺』である。そもそもとしてめちゃくちゃ面白い上に、「長門有希の100冊」のトップバッターなのだ。またシリーズ四作目ながら、時系列的には一番最初の事件という点でも手に取りやすいと思う。是非手に取ってみてほしい。(ギリシャ棺に関しては創元版も新訳が出たはずなのでどっちでも良いと思う)

 

アントニー・バークリー

 お次はバークリー。これに関してはマジで聞いたことねえよという読者もいたと思う。とはいえ作中であんなに語られていたように、ミステリマニアの中では結構著名な作者なのだ。そしてこの作者を勧めるなら一つ。三人も満場一致だったように『毒入りチョコレート事件』一択だと思われる。面白さはもちろん、単純に他が手に入りにくい(『ジャンピング・ジェニイ』と『第二の銃声』くらいしか本屋で手に入らないし僕も恥ずかしながら全部は読めていない)のでこれを読んでくれ。『毒チョコ』については米澤穂信古典部シリーズの『愚者のエンドロール』のオマージュ元でもある。合わせて読んでほしい。ちなみにバークリーで100冊に入っているのは『最上階の殺人』だけどこれを読むんだったらまずは『毒チョコ』で慣らした方がいい気がする。

 

ジョン・ディクスン・カー

 作中で出てきたのは殿堂入りとされた『三つの棺』『ユダの窓』『プレーグ・コートの殺人』。そしてオススメ枠がTの『皇帝のかぎ煙草入れ』に古泉の『火刑法廷』、そして長門『緑のカプセルの謎』

 100冊に入っているのは『三つの棺』で名作なのは分かるのだが、どうしても古さ分かりにくさは感じてしまうし、密室講義なんてされても非ミステリ読者が嬉しいのかは怪しいしということでオススメは『ユダの窓』、『皇帝の〜』に『火刑法廷』。全部創元推理文庫か早川文庫で読める。いい時代。

 

国内ミステリ

 最後に国内ミステリだが氷川透とか石崎幸二とか出てきてびっくりした。ライトノベルで見るとは思わなかった名前である。どちらも絶版なので簡単にオススメできない。まあ勧めるなら『江神二郎の洞察』(「除夜を歩く」)が含まれる有栖川有栖の「学生アリスシリーズ」で『月光ゲーム』→『孤島パズル』→『双頭の悪魔』だろう。後期クイーン問題に興味がある人は作中に出てきた法月綸太郎か出てきてないけど麻耶雄嵩を読めばいい。法月綸太郎だったら『名探偵傑作短編集 法月綸太郎篇』だし麻耶雄嵩だったら『翼ある闇』を読むといい。特に後者はハマると沼。

 この三人も100冊に一人一冊ずつ入っていて有栖川有栖は先に挙げた『双頭の悪魔』(本当に傑作なのだ)、法月綸太郎『誰彼』(近々新装版が出るらしい)、そして麻耶雄嵩『夏と冬の奏名曲』(超面白いけど絶版なため手に入りにくい)という感じ。

 蛇足かもしれないが後書きに書かれている陳浩基の『13・67』も上にあげている古典ミステリに負けず劣らずの名作である。最近文庫化していた。

青山剛昌『名探偵コナン』九十一巻〜九十八巻

 名作ミステリ漫画『名探偵コナン』。作者である青山剛昌はミステリというよりラブコメなんて言っちゃってるが、実際にはミステリとして出来がいい作品も多い。

 そこでA〜Eという評価軸に物語の良し悪しの+/-を加えて既刊を振り返っていきたい。

 ◯は黒ずくめ登場回。(といってもここらへんは常に出ているので特に濃く登場している回)

第九十一巻

FILE.4-6 怪盗キッドの絡繰箱 D+

FILE.7-9 新任教師の骸骨事件 C

 若狭先生初登場。スキュタレー暗号自体は有名だしみんな思いつくけど、五十音じゃなくイロハってのは面白い。

 

FILE.10-FILE.1 試着室の死角 D

 

第九十二巻

FILE.2-4 さざ波の魔法使い D+
 10時10分の手がかりが好き。

 

FILE.5-7 となりの江戸前推理ショー D

 

FILE.8-10 白い手の女 D

 

FILE.11-FILE.2 謎解きは喫茶ポアロで D

 

第九十三巻

FILE.3-5 妃弁護士SOS D+

FILE.6-8 燃えるテントの怪 B-

 近刊の中ではずば抜けて面白いトリックだと思う。

FILE.9-FILE.1 恋と推理の剣道大会 D

 この言い方の違いはマジである。

 

第九十四巻

FILE.2-4 JKトリオの秘密カフェ D

 

FILE.5-7 心のこもったストラップ D+

FILE.8-FILE.2 紅の修学旅行 D+

 

第九十五巻

FILE.3-5 マリアちゃんをさがせ!D+

FILE.6-9 迷宮カクテル D

 

FILE.10-FILE.3 標的(ターゲット)は警視庁交通部 D+
 さすがにあれできらきら星は無理あるでしょ......。


第九十六巻

FILE.4-7 唇を狙う男 D-

 キッドの扱い雑になってない?

 

FILE.8-FILE.1 死を呼ぶドラマ撮影 D

 

第九十七巻

FILE.2-6 暗号に隠された殺意 D

 

FILE.7-9 死体はダーリン D+

FILE.10-FILE.2 古美術鑑定家殺人事件 D

 

第九十八巻

FILE.3-6 高校生探偵の推理レース D+

FILE.7-10 将棋棋士連続殺人事件 C

 赤井さん絡むと一気にサスペンスになるよねこの漫画......。

 

名探偵コナン(95) (少年サンデーコミックス)