載籍浩瀚

積んで詰む

マーティン・エドワーズ『処刑台広場の女』を読んだ。

あらすじ

1930年、ロンドン。名探偵レイチェル・サヴァナクには、黒い噂がつきまとっていた。彼女は、自分が突きとめた殺人者を死に追いやっている――。レイチェルの秘密を暴こうとする新聞記者ジェイコブは、密室での奇妙な自殺や、ショー上演中の焼死といった不可解な事件に巻き込まれる。一連の事件の真犯人はレイチェルなのか?真実は全て“処刑台広場”に。英国推理小説界の巨匠による極上の謎解きミステリ。(amazon

 

感想

 勘違いされたくないので、率直な結論だけ先に述べておく。面白かった。読み終えたときには、満足感を覚えるだろう。人に勧めるか? と訊かれたら、海外ミステリが好きならば読むと大変楽しめるだろう、と伝える。

 でもさ。

 面白かったけど、みんな手放しで褒めすぎていて、そのお祭りを見るとめっちゃ疎外感覚えちゃうよ!

 識者たちが「文句のつけようのない大傑作、これは歴史に残るぞ」くらいの賑わいを見せているからこそ、読み終わったときの感想は、さあて困ったなあというものでした。普通に面白いんだけれど、とはいえ、上手く肌に馴染まず絶賛はできないといった中途半端さが居た堪れません。一年通して五指には入る海外ミステリだとは思うんですけどね。

 まず好印象だったところから。本作の面白さは、雰囲気とツイスト、そしてキャラクターに詰まっているといって良いでしょう。いろいろなところでディーヴァーが引かれていたり、ジェットコースターサスペンスだと言われていたりするだけあって、どんでん返しのわくわくは本物。さらにはキャラクター(特に語り手であるジェイコブ、そしてメインキャラクターであるレイチェル)の魅力。かなりキャラ脚色を意識されているのか、登場人物の数が多いのにもかかわらず、ひとりひとりが立っていて読みやすい。ジェイコブが新聞記者なのも相まって、偏愛作である『トレント最後の事件』を思い出しました。なんなら本当に『トレント最後の事件』じゃん! と途中サラと良い感じになりかけていたところまでは思ったりもしていたのですが......まあこれ以上は読んでください。

 一方でどうにも乗れなかったところをいうと、実はこちらもツイストの部分にあります。まず前提として、本作はいわゆる謎解き小説ではありません。謎解き小説の風格を醸し出しており、要素も見られますが、オーソドックスなパズラーではない。ではミステリの軸となる謎がどこにあるのかというと、これはあらすじや評判にもある通り、レイチェルという女探偵の在り方が謎なのです。

 そして実は(まあ想像つくと思いますが)、「人の在り方が謎」というのはそれ自体が謎になります。言い方が漠然としていますが、つまり「謎自体が謎」というタイプの小説になっています。レイチェルっていう怪しいやつがいるらしい。怪しいんだけど、どう怪しいのかもよく分からん。とりあえず彼女の周りで事件起こってるっぽいし、それを調べつつ彼女を調べよう、といった感じ(とても雑ですが)。そして本作に限らず謎自体が謎に包まれている作品は、謎と捜査の距離が遠くなります。なにか捜査をしているのですが、具体的にどう捜査が進展しているのかが朧気になってしまう。そしてこのようなタイプの作品で繰り出されるツイスト(による驚き)は、事実開陳の驚きになっていきます。トリックの種類自体は違うのですが、『心ひき裂かれて』とかの読み味に近いわけです。

 事実開陳の驚きと言われてもイメージがつかないと思うので、個人的に持っている対照的な概念をあげると、それは真相開示の驚きになります。前者は不意を突かれるのですが、後者は世界が変わるイメージです。前者は物語のヒキとして意外な事実が次々と明るみになっていく。作者による情報の隠し方のさじ加減ひとつでどうとでもなることから、納得よりも驚きが優先される傾向が強い。後者は捜査から組みあがった確度の高そうな仮説が裏切られ、別の見え方が立ち上がる。ここには意外なところに納得できる驚きがある。個人的な話ですが、わたしは前者にはまることがあまりない。ミックスされていればまだしも、前者オンリーだと、驚きとともに、どこか「そっかあ」という読み方をしてしまうからです。本作は前者メインでありつつも「そっかあ」という冷めよりも新事実によるびっくりが勝った*1のですが、それでも「ふむふむ」「なるほどねえ」くらいの落ち着きで読み終えてしまったわけです。

 ここで冒頭に戻ります。なんやかんやで冷静に読み終えてしまった。だからこそ目の前で繰り広げられているお祭りさわぎに混ざることもできず、俺には関係ねえからとふてくされている男子中学生になるしかないわけです。

 まあでもそういうひとも、たぶんいると思います。これはここにもふてくされているひとがいるぞ! と声高に叫ぶための記事です。お祭り会場のわきで、普通に焼きそば美味しいよなとぼそぼそ言う会を開きたかったのです。

 なんかこれ既視感があるなと思ってたんですが、ホロヴィッツの『カササギ殺人事件』が出てきたときと一緒でした。ホロヴィッツはちゃんと好きだし全部読んでいるんですが、『カササギ殺人事件』を読んだ当初は、なんでこんなにみんな騒いでるんやろみたいな気持ちになったことを思い出します。ということは、『処刑台広場の女』も『カササギ』くらいのフィーバーを迎える可能性大ということです。

 まとめると読んで損はない作品だということです。良作でした。

 

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*1:これは紛うことなく本作の質の高さによるものでしょう。